第02章 強 襲
遭遇戦を行ったエストック小隊を収容して、ティルヴィングは再びサイド7に向けて出発した。UC0087.4月10日、クレイモア隊はようやくサイド7宙域から25km手前の宙域に差し掛かっていた。先日の遭遇戦から2日が経ったが、その間ティターンズの部隊から襲撃を受けることはなかった。クレイモア隊の兵士達には分かっていた。前の戦闘で生き残りを出してしまった以上、ティターンズがグリプス基地で待ち伏せているのが当然だからだ。常時より防備の薄い基地なら、尚更である。この宙域に差し掛かった時点で、クレイモア隊は当初の予定通りの作戦で基地を強襲することが決まっていた。ショール達MS隊は出撃を待つだけである。
「エストック小隊、発信準備良し、ロイス・ファクター、出る!」
「レイ・ニッタ、出ます!」
「ショール・ハーバイン、出るぞ!」
3機のリックディアスがティルヴィングのカタパルトデッキから次々と射出された。
「エストック小隊射出3分後にフランベルジュ小隊を射出、トリスタン、イゾルデ各小隊出ました。」
ミカ・ローレンス軍曹が透き通るような声でログナーに状況を報告した。
「よし、最大船速・・・補給施設は破壊せず制圧させろ!帰りの燃料はないんだからな!」
ログナーは大袈裟に怒鳴って見せた。帰るだけの燃料くらいはあるが、何が起こるか分からないのが戦争である。作戦終了時に多少なりとも補給が出来なくては万一の時に困るからだ。飢えた軍隊が戦争に勝った試しがないのは、いわば戦争の定石である。
ショール・ハーバインは不愉快だった。すぐ後に昔の親友と戦わなくてはならないことを覚悟できずにいたのだ。ショールは今のスペースノイドが報われていないことを知っていたし、エネス・リィプスも同じ考えだった。ザビ家などではなく、スペースノイドが真の独立自治を得るのは当然だと考えていた。政治の拠点が地球にある時代は終わった、それが2人の見解だった。2人は連邦ではそう言う思想そのものがジオニズム的に見られて処罰の対象となるのが分かっていたから、その考えを表に出さなかっただけのことである。戦争というのは原則的に思想と思想の相違が生み出すモノである。なのに、共通した思想を持った2人が、なぜ戦わなければならないのか?その疑問は遭遇戦以来ショールの脳裏から離れることはなかった。
エストック小隊とトリスタン、イゾルデ隊は既にグリプスが目視出来る位置まで到達していた。別働隊であるフランベルジュ隊は、今頃グリプスの側面からコロニー外壁を破って進入する頃である。それを気取られないための陽動がショール達の任務だ。ショールは自分のやるべき事を忘れるような男ではない。強制されてではなく、自発的にエウーゴに参加したのだから・・・
グリプスから数機のMSが出てくるのが、ショール達には確認できた。ファクターは陽動が成功したことを確信していた。機種はいずれもハイザックであった。ファクターはそれを確認すると指示を出した。
「よ〜し、きやがったぜ!トリスタン隊は後方につけ。イゾルデは3時から回り込むんだ。ショール、レイ、中央を突破するぞ、続け!!」
ハイザックは5機だった。数の上でも勝てる。まして、彼らはエース部隊である。そして、ファクターの指揮は完璧だった。中央を突破して部隊を分断しようとしたハイザック隊は、右方向から回り込むイゾルデ隊と、エストック小隊の後方から左に流れて接近していたトリスタン隊に挟撃され、混乱した隙に3機のリックディアスが5機のMSを撃破した。
敵ハイザック隊は中央突破の勢いをエストック小隊左方向に受け流された形となったのである。そのハイザック隊の減退した勢いにとどめをしたのが、トリスタンのジム隊だった。その時、エストック小隊の正面に見えるグリプスの左側外壁あたりに小さな爆発の光が見えた。ショールはそれがフランベルジュ隊の進入成功を意味するモノであると理解した。
「大尉、コロニー外壁に光、フランベルジュ進入です!」
「よし、こちらもグリプスに侵入するぞ、遅れたら陽動にならんからな。トリスタン、イゾルデ隊は艦隊の護衛に回れ。ここからは少数の方がいい!」
ファクターがそう指示したときだった。レイがファクター機に接触回線で話しかけた。
「敵が少ないのではありませんか?ひょっとして艦隊が待ち伏せされたとしたら・・・」
レイは上官にそう言った。(そうか、しまった!)ファクターは自分の迂闊さを呪って舌打ちした。ここの段階ではもっと敵が出てくるのが自然だ。防御を軽視した自分はなんとバカなのか・・・
「艦長、右舷2時の方向、核ノズルの光です!」
ティルヴィングのブリッジ内にミカの悲鳴じみた報告が響いた。護衛はMSジムIIが3機しかいなかった。
「核ノズル・・・戦艦か?」
焦ってどうする?そう思いながらログナーはミカに聞いた。奇襲部隊に奇襲攻撃か、味なマネだな・・・ログナーは心の中で呟いた後、言葉を続けた。
「護衛部隊を展開しろ、軍曹、数は!?」
「1つ、あ、今2つになりました。新しい光はMSのモノです!」
「サミエル、進路をグリプス方向に向けろ」
操艦担当のサミエル・ハンガー伍長にそう命令した。その命令にサミエルはギョッとする。
「攻撃目標に向かうんですか?」
「奇襲とは言え、1機で来るような奴だ、MSを何機か呼び戻さねばならんだろうが!焦るな!貴様らはそれでエース部隊のつもりか!」
ログナーのドスのきいた叫びはまさに鶴の一声だった。その声で混乱していたミカ達ブリッジクルーは冷静さを取り戻した。ログナーのエース部隊指揮官たる所以である。常に冷静で、部下達を叱咤する迫力をも持ち合わせているのだ。
「第二船速、グリプス方向に進め。アルドラ、緊急の信号弾をあげろ」
キャプテンシートから向かって左に座っているアルドラ・バジルに告げると、アルドラは信号弾を打ち上げた。打ち上がった信号弾は赤だった。クレイモア隊内で決められた色である。
「トリスタン、イゾルデも相対速度ゼロで随伴させろ」
艦長の意図を理解したサミエルはティルヴィングの進路をグリプス方面に向けた。
敵艦サラミス改級「ニューデリー」から出たMSはエネス・リィプスのジムクゥエル・カスタムだった。
エネスにとって親友であるショールと戦うのは納得がいかないが、これも連邦を内部から改革するためだ。
エウーゴは連邦の改革を指向しているようだが、手段が武力である以上エネスにとっては有効ではなくむしろ邪魔でしかない。銃口から生まれる平和は偽りの平和なのだ。ショールはそれが分かっているのか?
それとも、ティターンズの跳梁は武力でなければ止められないほどの規模になってしまっているからか?
エネスの疑問に解答は無かった。しかし、やるしかない。モートン少佐はティターンズ内部の隠れた改革指向者である。ここで戦果を挙げ、少佐の地位を上げ、地球を食いつぶす連中を排除しなければならないのだ。
「ニューデリー」のMS隊はエネス機を除いて2日前の遭遇戦で全滅している。
それでも、モートン少佐はこの奇襲を独断で行うのだ。しかし、エネスとモートンは俗物の1人であるバスクを結果的に助けてしまうことに抵抗がなかったわけではない。むしろエウーゴに倒させてしまった方が後腐れが無いと思ったほどであったが、ここで戦果を挙げておく方が長い目で見ると有益であるということになり、今だけはバスクを助けてやることにしたのだ。
エネスのクゥエルは、既にティルヴィングが目視できるところまで来ていた。その周辺からMSIが3機、こちらに向かっているようだ。戦艦3隻も前進を開始している。なるほど、MSを呼び戻すか・・・エネスはクレイモア隊指揮官の意図を読みとった。クゥエルは接近しているMSに向かって突っ込んだ。
その頃、エストック小隊はグリプスの宇宙港に差し掛かっていた。基地はもう近い。しかし、レイは艦隊に戻らなければという念を捨てきれなかった。
「レイ、お前はトリスタン隊を連れて艦隊に戻れ。ここは俺達とイゾルデ隊だけで十分だ。」
レイ・ニッタ機に接触回線で話しかけてきたのはファクター小隊長だった。
「了解ぃっ!トリスタン隊、オレに続け!」
レイのリックディアスは3機のジムIIを連れて、宇宙港を出た。
「なんだ?旧式がこんなに早・・・・!?」
ジムIIのパイロットが驚愕の叫びをあげたが、全てを言い終わる前に宇宙の塵となった。ジムクゥエルが信じられないスピードで突っ込んできて、ビームサーベルを振るったのだ。その一撃でジムIIは両断された。この光景を見て、さすがに残りのジムのパイロットも逃げ腰になった。紺色の機体は何か悪魔じみたモノのように見えたのであろう。2機のジムは後退しながらビームライフルをクゥエルに向けて発射したが、いずれの攻撃もクゥエルには効かなかった。
「まずはあのサラミス級から!」
エネス機はティルヴィング右舷を進行していたトリスタンに向けてバーニアを噴かした。マシンガンが咆哮して、主砲などの砲門を封じた。そして左手に持ったビームサーベルでブリッジを潰した。ブリッジが断末魔の爆発を起こすとトリスタンの機銃などの対空攻撃は次第に止んでいった。エネスはアイリッシュ級を飛び越えてイゾルデの進路を向けた。
「おいしいモノは最後に残すとは・・・ふざけている!対空攻撃はどうした!」
ログナーはそれを見て、叫んだ。たった一機で戦艦を相手に出来る・・・MSの威力をまざまざと見せつけられたような気がした。クレイモア隊のMSであるジムII2機はクゥエルの後を追っている。しかし、スピードが違うので追いついた頃には既にトリスタンが撃沈された後だった。トリスタンが墜ちた後に追いついたのはジム隊だけではなかった。レイ・ニッタのリックディアスとトリスタン隊である。
「遅かったか!くそうっ!」
レイ達がクレイモア艦隊に戻ってきたちょうどその時、一機のMSによってトリスタンが撃沈されたのだった。そのMSには見覚えがある。この前のカスタム機!レイの体中が緊張のあまり汗だくになる。MSの性能ならほぼ互角・・・しかし乗っている奴はエースだ。レイの緊張はショールの「死に装束」と模擬戦闘をやったときとは比較にはならないほどだった。しかし、気持ちは同じだった。
「やるしかない!」
図々しいほどの肝の座り方はさすがとしか言いようがない。レイは自機のスラスターを全開にして噴かし、イゾルデに向かっているクゥエルに突撃していた。リックディアスの左手でビームサーベルを抜き、右手のビームピストルをクゥエルに向けて撃ちまくった。
「ディアス?白じゃない・・・!」
後ろからのビームの射撃が先程から追跡しているモノとは違うような感覚に襲われたエネスは、自機を振り向かせた。撃ってきたリックディアスはエネス機に向かって突っ込んできていた。格闘戦に持ち込むつもりだろう。エネス機もサーベルを抜いて、リックディアスの攻撃に備えた。
「邪魔するな!」
エネスはそれだけを叫んで、リックディアスのビームサーベルによる攻撃をビームサーベルで受け止めた。
少し動きが固まったタイミングを見て右手の90mmマシンガンを発射する。リックディアスはその攻撃を左手に受けた。損傷は大したことはないようだ。まだビームサーベルは振れる。そしてレイ機の側に、先程エネスによって破壊されたジムIIの残骸が流れ込んできた。そのバックパックに装備されているビームサーベルがレイの瞳に映った。使える・・・そう判断したレイは右手のビームピストルを捨ててそのビームサーベルを抜いた。いわゆる二刀流である。
「思い切ったな!」
エネスは後ろに控えているイゾルデを一瞥すると、マシンガンを乱射した。これで間合いを詰めた後、サーベルで両断するつもりだった。しかし、その攻撃は先ほど抜いたばかりの右手のサーベルによって受け止めていた。この時代、MSで二刀流を使う酔狂なパイロットを、エネスは見たことがなかった。無論、レイも初めて使った戦法である。
クゥエルの剣撃を右手で受け止めたレイは、姿勢の固まったクゥエルの右手に向けて、サーベルを振るった。
サーベルはクゥエルの右腕を切断していた。どんな優秀なパイロットでも、ある操作の直後に起こる関節駆動系の一瞬の固まりを排除することは出来ない。優秀なパイロットとはその呼吸とタイミングを熟知しているパイロットのことを言うのだ。そして、レイはその素質を十分に持っていた。なにより、レイはMSと言うモノをよく知っているのだ。関節の駆動限界範囲もよく知っているからこそ、こんな戦い方が出来るのである。だが、レイはまだ3度目の実戦だから、呼吸とかタイミングだとか言うモノは持ち合わせていない。それを相手に気付かせるヒマを与えてはならない・・・そう思ったレイは一気に攻勢に転じようと二本のサーベルを振り回した。
「調子に乗るなぁっ!」
そのエネスの叫びはレイにもかすかに聞こえた。いつの間にかクゥエルはレイ機の右側に回り込んでいた。
サーベルを振り回しているせいで前方の注意が散漫になってしまったのだ。クゥエルが残った左手のサーベルを振り下ろした。リックディアスの右腕が切断された。リックディアスは最新技術である材料「ガンダリウムγ」を装甲に使用している。装甲の厚さは今のMSでもトップクラスだろう。その片腕を切り落としたのは関節をうまくヒットしたからだ。それはエネスの技量としか言いようがない。一瞬リックディアスの動きが止まってしまったことがクゥエルをイゾルデに向けて反転させる時間を与えてしまった。ブリッジに向かってビームサーベルを振り下ろす。そして、直後にブリッジを破壊していた。
「速攻かよ!!」
レイは悔しさのあまり歯ぎしりした。しかし、悔しがってばかりはいられない。自機を再びジムクゥエルに向けて発進させた。
「デザートを先にとってしまったが、メインディッシュだ!」
クゥエルはいよいよティルヴィングに向かって進み出した。すると、レイのリックディアスがクゥエルの左側から全速で突っ込んで来て、体当たりした。リックディアスとクゥエルはその反動でティルヴィングのメインエンジン側にまで流れた。エネスはいち早く機体を立て直すと、メインノズルに向かって進んだ。
「しまった!」
レイはまたも歯ぎしりした。クゥエルはメインノズルをビームサーベルで攻撃している。リックディアスはクゥエルの後を追ったが、追いついた頃にはすでに幾つかのスラスター部を破壊していた。
「いい加減に!」
レイは頭部に装備されているバルカンファランクスを発射した。その攻撃は特に大きなダメージとなったわけではなかったが、衝撃でメインのする部分からクゥエルを引き剥がすことが出来た。
「仕方ないか!」
エネスはそう呟くと、発光弾左手から発射して、機体を母艦の方向に向けて発進させた。レイはこれ以上追撃できそうな機体の状態ではなかった。
「なんとか・・・撃退できた!」
自分が生きている実感を味わっているヒマはなかった。ショール達は任務を成功させたのだろうか?レイは途端に不安になった。
第02章 完 TOP