第09章 流 星

 UC.0087、5月10日、ルナIIから出てきたティターンズの部隊を撃退することに成功したクレイモア隊は、月と地球を結ぶ航路の地球側の宙域に留まった。11日には、ジャブロー降下作戦の実施のために月を出たエウーゴ主力艦隊が到着する予定である。ティルヴィングはその進路を確保するために、この宙域にいるのだ。しかし、日付が11日に変わっても、ティルヴィングは敵の襲撃を受けることはなかった。ルナII経由でこの宙域に向かったティターンズの迎撃部隊が撃退されてしまい、エウーゴのジャブロー降下作戦を阻止できる戦力は減少していたのだ。

 ノルヴァ・ログナー中佐は冷静だった。ルナIIを出発してから今日まで、グラナダのエウーゴ参謀本部との連絡が途絶えていたが、それはエウーゴ参謀本部が自身の命運をかけるべき大作戦であるジャブロー降下作戦の準備に奔走されていたからであろう事が、容易に想像できたからだ。
 特に新しい、具体的な命令がない以上は、単独でジャブロー降下作戦の支援活動を効果的に行うことがベストであると、ログナーは判断していた。ログナーは確かに優秀な指揮官であったが、決してそれを自分でそう評価しているわけではない。確かに、冷静沈着は得難い資質である事は知っているが、そう勤めようとしたログナーの努力が実を結んでいるに過ぎない。いつも自分の下した判断が、良い結果をもたらすと考えてはいなかった。だから、ログナーは何かあるとすぐにブリーフィングを行う癖があった。自分の判断を部下に聞かせ、自分の決断がベターであるかどうかを部下の顔や態度に聞くのである。
「ルナIIから来た部隊を撃退し、今になってもこの宙域の安全が確保されている以上、我々がここに 留まる理由はない。ここに先行していた部隊に後を引き継ぎ、ティルヴィングは月へと向かう。無論、ただ帰還するわけではない。主力艦隊の旗艦アーガマを月から追撃してくる部隊を後背、あるいは側面から攻撃する。敵の数はティルヴィング1隻で何とか出来るレベルの数じゃない。一撃・・・とは言わないが艦隊の足を止めて即離脱するんだ。」
 ブリーフィングルームの液晶パネルにはアレキサンドリアを始めとするティターンズの部隊とアーガマの予測位置が示されていた。それを指揮棒で指し示しながら作戦の説明をした。ログナーは集まったパイロット達を見回すと、彼らがこのログナーの案に納得してくれているのを確認したあと、この作戦の実施を決心した。

 ティルヴィング艦内に発令された第二種警戒態勢が第一種警戒態勢に変更されたのは、5月11日午前7時を回ってからだった。予定では既にアーガマを始めとするエウーゴ主力艦隊が、ジャブロー降下作戦実施予定宙域まで到達しているはずだった。ログナーはそれを見越して警戒態勢をしいたのである。各MSパイロット達も、それぞれのMSのコックピットで待機していた。その足元では整備兵達が忙しく動き回っている。
「各部最終チェック急げ!これが終わったら月での休暇が待ってるんだぞ!」
 エリナが顔に似合わない大声で叱咤の声を張り上げる。ショールはそれを見届ける暇はなかった。
「左舷10時方向に光を多数確認!敵艦艇10隻はいます!」
 ミカが緊張の声を出す。来たか・・・ログナーは思った。
「本艦はこのまま直進、すれ違いざまに一撃離脱の奇襲を行う。マトモにやって勝てると思うなよ。あくまで援護だ!MS隊は発進を急げ!主砲90度回頭、敵艦隊に対して艦砲射撃を行い、MS隊発進を援護しろ!」
 ログナーの怒声に各ブリッジクルーはめまぐるしく動き始める。
「弾薬の残りも少ない、無駄弾は撃つなよ!」
 さらにログナーは怒鳴り続ける。
「だそうだ!外すなよ!」
 アルドラが各砲座に伝令をすると、ミカがMS隊出撃の指示を出す。艦内に警報と艦内放送がけたたましく鳴り響く。電子音とミカの音声の不協和音はMSデッキでは際立った。
「オラァ!MS隊急げ!ファクター機、カタパルト装着!」
 ファクターは気合いの入った声をあげて、更に他のパイロットにも聞こえるように発進シーケンスを朗読した。もっと急げと言う意味である。
「エストック一番機、ファクター出るぞ!」
 そのファクターの行動が他のパイロットやデッキクルーを刺激したのか、ファクターのリックディアスが発進した直後にはレイ機、ショール機も発進準備を終えていた。

「いいか、今回の戦闘は今までとは違う。ティルヴィングの進路を確保することを最優先だ、いいな!?」
 ファクター機からいつも通り接触海戦が開かれて、、レイ、ショール両機に指示を出した。フランベルジュ隊はティルヴィングの進行方向に敵機あるいは敵艦が侵入しないようにするために、ティルヴィングの前方を固めていた。
「了解!」
 レイとショールからは少しずつずれて復唱があった。一撃離脱戦法は対艦戦闘に有効な戦術であったが、その反面、離脱するタイミングを逸すると全滅しかねないリスクも孕んでいた。それはエース部隊であるクレイモア隊でも、決して例外ではあり得ない。
「間違っても格闘戦なんかするんじゃねぇぞ!敵の戦力のうちどれくらいがオレ達を出迎えに来るのかわからねぇんだからな!ビームサーベルは防御にのみ使用しろ、分かったな、レイ!?」
「了解!こちらが足を止めるわけにはいかないからですね?」
「そうだ!タイミングが命だぞ!ショールが敵MSを引きつける間に全速で敵左舷のサラミスを攻撃、そのまま突っ切ってその隣り、と出来うる限りの攻撃をくわえて離脱する。敵艦の撃沈なんて考えるなよ!足止めが目的だと言うことを忘れんじゃねぇぞ!」
「了解!」
 (昨日はMS戦のダブルヘッダー、今日はこれか・・・)ファクター機が自機から離れたのを確認すると、レイは思わずため息をついた。別に任務が嫌なわけではなく、ログナーやファクターの作戦指示に不服があるわけでもない。レイにとっては2日連続の出撃が初めてであったからに過ぎなかった。もう少しまともな睡眠が欲しかったな・・・思ったレイはヘルメットのバイザーを開けて、目をこすった。エストック隊各機のカメラには、10隻を越える艦隊のメインノズルの光が映っていた。
「よし、茶々入れをするぞ!散開しろ!」
 ファクターは号令した後、スラスターを大きく噴かして前進していった。レイはその左、ショールは右に移動する。距離的にはビームピストルでお互いを援護できるくらいの距離しか開いていない。あまり離れると、各個に撃破されてしまうのが関の山だったからだ。ショールは、この作戦行動の意味を理解していたので、対艦戦闘は残りの二人に任せ、せいぜい多くのMSを引きつけてやろうと口元を意地悪くニヤリと歪めた。
 ショールが意識を集中させたときは、決まってこの表情になる。唯一、エリナが知らないショールの表情である。死に装束はバーニアを全開にさせて、敵艦隊の前を横切る動きをするためにファクター達とは違う方向に向かって移動を始めた。

 エストック隊が敵艦隊に側面から攻撃をかけ始めた時点で、ティターンズの目はあくまで前方のエウーゴ主力艦隊の方向に向いていた。横槍を入れてきたMSの一小隊など、全く気にもとめていなかった。艦隊から出たMS達のほとんどがバリュートを付けて前進していったのがその証拠であった。艦隊護衛のMSは見たところ10機ほどおり、その目の前に純白のMSが姿を現した。
「・・・・・来な!」
 ミノフスキ−粒子のせいでショールのその一言は相手MSには届かない。とはいえ、別に相手に聞かせるための台詞でもなかった。しかし、停止して艦隊を眺める姿勢をとったそのリックディアスの行動に、艦隊護衛のMSは乗ってきた。
「・・・・・!よし!」
 ショールは叫ぶと死に装束を動かし始めた。艦隊護衛のジムII6機で編成されたMS達は、死に装束にビームライフルを一斉に連射してきた。
「・・・・・!!」
 反撃のことを考えていては、流石にショールでも回避しきれなかっただろう。ショールは始めから回避行動に全神経を使うことだけを考えていた。機体を回転させながらそれらの攻撃を回避する。陽動を悟られない程度の反撃をしながらも、ファクター達が攻撃して来るであろう艦隊左舷の反対側に敵MS隊を少しずつ誘導していった。

「ショールがいったぞ!レイ、オレ達もいくぞ!」
「了解ッ!」
 ショール機の行動が成功したのを確認すると、ファクターとレイのリックディアスはもてる推力の全てを解放しながら敵艦に突っ込んでいった。贅沢を言えばショールが艦隊護衛のMS隊を全機引きつけてくれれば良かったのだが、一機のMSが出てきたくらいで艦隊を無防備ににするほど、ティターンズとて無能ではない。
「足を止めれば!」
 レイはクレイバズーカをサラミスのメインノズルに向けて、2発、3発と連射した。それらは全てサラミス1隻のノズルは破壊できたが、まだ艦砲射撃や対空砲火が止んだ訳ではない。
「よし!」
 レイは最初のサラミスが移動能力を失ったのを見て、油断した。隣りのサラミスに向かって移動しようとしたところを、後ろからビーム砲が迫ってきた。
「よけられるか!?」
 しかし、レイ機はその攻撃を、機体を時計回りに回転させながら回避した。そこへファクター機も駆けつけてきた。ファクターはレイ機がサラミスの武装を一切攻撃せずにノズル破壊にのみ気を取られていたのに気付いて、サラミスの対空砲火を何とかしようと攻撃を仕掛けている最中だった。レイへの対空砲火を黙らせると、ファクターがレイ機に接触をしてきた。
「レイ!大丈夫か!」
「はい、自動回避プログラムに助けられました」
「バカヤロウが!訓練学校で何習ってきた!まず対空砲火をある程度黙らせんのが先だろうが!!・・・まぁいい。まだいけるんだろうな?」
「はい!」
「じゃぁついてこい!」
 ファクター機が全速で離れると、レイ機もそれに続いた。次の目標は隣のサラミスである。ファクターのリックディアスがビームピストルを連射して、主砲をまず黙らせた。レイは迫る機関砲を何とか回避しながら、クレイバズーカの残弾の全てを放ち、幾つかの対空砲を破壊した。
「これで!」
 ビームピストルに持ち替えて、次の目標に向かう。無理に推進機関を破壊する必要はない。要は相手の混乱を招き、攪乱するのも一つの方法であるからだ。先ほどの失態に対する慚愧の想いが、レイのリックディアスを機敏にしていた。


 リックディアスというMSは装甲の素材をガンダリウムγにしたことにより、従来のMSに比べてかなりの軽量化が可能になったMSである。重MSのような見かけに関わらず、本体重量はガンダムMk-IIとそれほど変わらない。重鈍な外見に反して機敏なMSなのである。付け加えて、死に装束の推力は他のリックディアスに比べて一割ほどの増強がなされている。移動速度は旧来の量産型MSとは比べモノにならない程であるから、ジムIIの部隊は少しの交戦だけで振り切られてしまった。
「振り切られただけだと思うなよ!」
 ジムII隊が振り切られたと思った瞬間、死に装束はまた反転して、ジムII隊に全速で突っ込んだ。ジムII隊がその迎撃のために密集していたのを見たショールは、ビームピストルをその部隊に向けて照準を定めずに乱射した。あまりに密集しすぎて、照準を定める必要すらなかったのだ。浴びせられるジムIIの攻撃を回避しながら、死に装束はさらにビームを連射する。死に装束の苛烈な攻撃は敵の撃墜ではなく、直進してレイ達と合流するルートを確保しておくためのモノであった。それでもかわしきれない攻撃が中に数発あり、2機のジムIIが直撃を受けて消滅した。ジムII隊が散開したところを中央から突破し、尚も全速で敵艦隊の方向へと進路を定めた。
「まさにクレイジーだ、あの白いMSは・・・死に急いでいるのか?」
 ジムII隊のパイロットはそう呟くしかなかった。

 ファクターとレイの全速による突進は、防衛のために待機していたMS4機によって阻まれてしまった。3隻目のサラミスのブリッジ前で密集しながらビームライフルを2機のリックディアスに向けて連射する。
「ちッ!」
 ファクターは苛立っていた。ティルヴィングは、予定ではそろそろ敵艦隊の横を抜けて月方面に針路を取るはずであったから、引き際が迫っていたのだ。ファクター機が回避行動をとりながらレイ機に進み寄る。接触回線を開くためだ。
「ずらかる!潮時だ!」
 接触する前に無線でファクターが呼びかけてきた。
「了解!でもショールが・・・」
「じきに来る!見ろ!」
 サラミスの前にいたジムII4機が、突然後ろからの攻撃を受けて散開した。
「おせぇぞ!時間だ!ずらかるから、ついてこい!」
 ファクターはエネルギー切れになったビームピストルを背中のバインダーに戻し、予備のライフルを取り出す。そして、それを連射しながら今まで通ってきたルートを全速で突き抜けた。ショールとレイも、それに続いた。と、次の瞬間、またもレイ機の後ろから数発のビームが飛んできたが、レイ機は先ほどと全く同じ動きでそれを回避した。
「・・・・・!?」
「・・・大丈夫か!」
 ショールは今までのレイにない、そう、一瞬何か違和感を感じていた。それを感じさせないように、ショールはレイを気遣った。
「あぁ、かすってもいないぜ?」
「見ろよ、地球の方を・・・」
 死に装束が少しだけ振り向いて地球の方向を指さした。レイはその指さした方向に目を向けた。
「地球?それがどうした、ショール?」
「ジャブロー降下は成功したようだ。見ろよ、流れ星みたいだ!」
「あぁ、バリュートが大気との摩擦で赤く光っているんだ・・・まさに流星か」
「そうだな。でも、こういう強引な、しかも大量の大気圏突入は、地球のオゾン層を急激に破壊するんだ。大気圏突入やジャブローでの交戦は地球を汚染する、今回の作戦反対派はそう主張したんだそうだ。さあ、帰るぞ!遅れるなよ!」
 地球、または人類のために戦っているオレ達が、こんなやり方をしてもいいのか・・・ショールはその疑問を口にしかかっていたことに気付いていた。エウーゴの正義は参加してからの2年間ずっと信じてきたつもりだし、ティターンズがこれから行っていくであろう暴挙も予感していた。だからここまで戦ってこられたのである。
 今はそんなことを考えてる時じゃないな・・・余計なことを口走らなくて良かったとも思いながら、ショールの死に装束はファクター機に追いつくために、速度を上げた。レイ機のスラスターも、その持てる力を全開にして、ティルヴィングとの合流予定ポイントに向かった。

 ティルヴィングは特にMSなどの襲撃を受けることなく、合流予定ポイントに無事到着していた。ファクターを始め、エストック隊の3人も特に大きな損害を出さずにティルヴィングに帰還することが出来た。気密を終えて空気が充満したMSデッキで、エリナは開いた死に装束のコックピットに身体を滑らせた。ショールは既にヘルメットを脱いで、自機の足元をキョロキョロと見回した。エリナがこっちに来ているのは確認できたが、今ショールが探しているのはエリナではなかった。怒り、哀しみ、焦りとも取れる、エリナはそんなショールの形容しがたい表情を見て、誰かを捜しているのに気がついた。
「お疲れさま、誰を捜してるの?」
「あぁ、そっちもな。レイはどこだ!?」
「レイ?彼ならそこよ」
 エリナはレイにリックディアスの足元にいるのを見てから、指を指してショールに教えた。
「ありがとう、ちょっと話があるんだ。すまない、後を頼む!」
「ええ・・・・・」
「レイ!」
 ショールは死に装束の足元に降りて、レイに呼びかけた。
「どうしたんだ、大声なんか出して?」
「お前のコックピット、見せて貰うぞ!」
「なにがどうしたんだ!そんな事をしてどうするつもりだ!?」
シ ョールはレイ機のコックピットに向かって、身体を浮かせた。レイはしたからそう叫ぶだけだった。しばらくコックピットにいたショールは、5分もしないうちに降りてきた。まだ束ねられていない髪が、ショールの頭上にキレイに舞った。レイはそんなショールの元に寄ってきた。
「おかしいぞ、今日は!早く休めよ!」
「・・・・・・!!」
 無言のまま、ショールは左パンチをレイの顔面に力一杯ぶつけた。レイの身体が無重力のデッキ内を飛んだが、すぐにバランスを取り戻す。
「なにしやがる!」
 いつもは怒ったような表情を見せないレイでも、この時はあからさまに怒りを見せた。
「そのシステムを使うなら、今度は俺がお前を殺す!」


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