第3話 決 別

 クローネを交えてのシャアとの会談を終えたエネスは、コロニー”ヘスティア”の居住ブロックの一画にある、さびれたビルの中に入った。この建物には、彼が創設した無名の組織の中枢のすべてがここにあった。入口には見張りの人間もおらず、そのまま2階への階段を上った。
 本来は誰もいないはずのこのビルには、2階部分だけ灯りがともっており、確かに誰かが中にいることを示していた。
「遅かったな、大尉。」
 出迎えたのは、中年の域に差し掛かっている男性だった。口元のヒゲと生真面目そうな印象のある顔つきが与える第一印象と男の中身が同じだというのは、この場にいる20人もの人間がみな知っていた。ノルヴァ・ログナーが彼の名前である。クレイモア隊旗艦の艦長である実戦指揮官であった彼は、今はこの組織が保有している小規模な艦隊の総指揮を執っている。
「この4年の間、時代の流れはただ止まっていた。」
「それが動き出したというのかね?」
「シャアが来た。」
 サラリと言ったので聞き流しそうになったが、それは確かに時代の変化を暗示する重大なことだった。そして、エネスは会談の内容を包み隠さず他の者に伝え、それを聞いていくうちに、ログナー達の顔色がみるみる変わっていくのが分かった。
「なるほど、条件付きでの不干渉か。」
 ログナーが納得したのかどうかは分からなかったが、少なくとも納得しようとしているのは確かだと思った。
「あくまで条件付きだ。シャアのネオジオンが単に独立運動をやるというのなら、オレ達が手を出す必要はない。かえってオレ達の存在を連邦に教えるだけだからな。」
「もし、シャアがコロニーを落とす・・・としたら?」
 話を聞いていた人間のひとりであるマチス・コーネリアが、会話に参加した。この男はナリア・コーネリアの実弟だった人物で、今では組織の麾下のモビルスーツ隊の一隊の指揮を任されている。
 かつてエウーゴにいた人間なら、シャアがコロニーを落として地球を汚染するなどとは信じがたいことではある。実際にやってしまったザビ家やハマーンらならともかく、5年前にダカールでの議会で地球の保全を訴えたあの男が、地球を無差別に汚染させることを望んでいるとは到底思えないからだ。
(あの男は”力”といった・・・艦隊戦力とは違う何か・・・なんだ?)
 危機感がエネスの精神を揺り動かしていた。放っておいても良いのだろうか・・・そういう予感である。
「そのときは、陰からそれを阻止する。どちらにしろ、オレ達の存在を連邦に知られないようにするのが前提だ。それに、クローネが動くからな。オレ達の出番はないかも知れない。」
 エネスが一時の感情で全てを無駄にするつもりがないことを悟って、その場にいた人間のほとんどは安堵していた。あくまで沈着冷静な人間であるからこそ、彼らはエネスを首領として認めているのだ。
 ここで、エネスはふと、クローネがなぜシャアにあそこまで明確な敵対意思の表明をしたのか、その理由を見たような気がした。シャアと水と油のように溶け合わないからというだけでは説得力が薄いし、一時の個人的感情で動いても身の破滅を意味するという点では、エネスもクローネも変わりはない。第一、恐らくは大規模な艦隊を用意しているであろうシャアとまともにやりあっても、まず勝ち目はない。それでは、なぜクローネは、敢えてシャアに戦いを挑むのだろうか?・・・会談からずっと疑問に思っていたことだった。
 だが、クローネが動いてくれるおかげで、結果的にシャアがエネス達の障害とならない状況になるのであれば、自ずとその理由は想像がついてきた。
(まさか、クローネがオレ達のために・・・なんてことは有り得ないか。しかし、クローネは、オレ達に利用されることを不愉快には思っていないようだ。ならば、オレ達が行動を起こすのはクローネが倒されたときか、オレ達の身辺が危険度を増してきたときになるな・・・やはりオレ達も準備は必要と言うことか。) 
 本音から言えば、今のこの時期に地球圏で何かが起こるのは好ましくなかった。エネス達がとあるスポンサーを経由して持っている政治的なコネを利用して、来年にも連邦議会の宇宙移転法案が提出されるはずの、大事な時期なのだ。ここでまた戦争が起きて連邦が勝利すれば、かえって宇宙に対する強圧的な姿勢が強まるばかりだ。そして、恐らくシャアは連邦には勝てないとエネスは思っている。
 シャアが今にも何かをやろうとしているのが決定的となった以上、議会での法案提出は延期せざるを得ない。より長期の隠遁生活を余儀なくされることになるだろう。
 だが、ものは考えようだとも思えた。事実として、エネス達が議会の中にコネクションを持つようになってからは日が浅く、議会への根回しが万全であるとは言い難い状況ではあった。それでもエネスが連邦議会の移転法案の提出を急いでいたのは、地球に住む人々の関心を宇宙に向けさせることで、シャアのような跳ね上がりを産み出さないためだったからだ。だが、時代の流れはエネスの予測を上回って、よりにもよってこの時期にシャアの暗躍を許してしまった。これを吉と見るか凶と見るかによって、今後のエネスの指針が変わってくる。
 どのみちシャアが連邦に勝てないと多寡を括っているのなら、これを議会への根回しをより深く行える時間を得たという見方もできなくはない。”ものは考えよう”というのは、そういうことである。
「念のために、艦隊の準備をしておく必要があるな。ファクターにも伝えておこう。」
 ログナーも、自分達の微妙な立場に悩むエネスの心境を多少は察したのだろうか、ちょうどエネスが言おうとしていたことを代弁した。主戦派ではないとはいえ反連邦活動を行っている以上、連邦がエネス達の存在を知ってしまったときに攻撃を仕掛けてこないという保証はどこにもないのだ。
「あなたが艦隊の指揮官だ。任せる。」
 かつてクレイモア隊モビルスーツ隊の隊長であったファクターは、いまやパイロットではない。本人はモビルスーツに乗りたがっているのだが、ログナーが艦隊指揮官と旗艦の艦長を兼任するわけにもいかないというエネスの意見を受け入れて、艦長の地位についていた。
「ところで、マチス・・・エリナはどこに?」
 マチスは急に話題を変えられて一瞬だけ困惑したが、すぐに返答をした。
「朝からティルヴィングのデッキにいましたよ。エネスさんの『死装束』をメンテしてたみたいです。」
「分かった。」
 それだけを言ってから、エネスはその場を辞した。艦隊の準備はログナーに、旗艦の準備はファクターに、それぞれ任せておけばいい。組織の最高意志決定者である彼がすべき事は、他の場所にこそあったからだ。

 艦隊旗艦であるティルヴィングは、ヘスティアの宇宙港、シンドラやシシリエンヌとは別のブロックに停泊していた。エネス達の組織の本部ビルからは、およそ30分で辿り着くことができる。
 エネスの姿は、既にそのティルヴィングの艦内にあった。この4年の隠遁生活の中で、実際にティルヴィングが戦闘をしたことはないが、常に10人以上のクルーが交代で詰めて生活しているため、艦内の設備は決して真新しいモノではなかった。
 そのモビルスーツデッキには6機のモビルスーツが鎮座しており、この光景は4年前と何ら変わらない。そのうちの一機、真っ白なカラーリングを施された機体こそ、『死装束』とよばれるエネスのリックディアスである。
「エリナ!」
 エネスは親友の妻だった女性の名前を呼んだが、返答はなかった。いや、それを確認するまでもなく、周囲をキョロキョロと見回した。エネスが声を出したのは、自分がデッキにいることをエリナに伝えるためである。
 そんなとき、ふと小さな何かがエネスの目に留まった。まだ幼児と言えるくらいの子供だ。
「シンディ、ここにいたのか。」
 エネスに名を呼ばれた幼女の外見は、エネスにとっては懐かしさのあるモノだった。黒く長い髪に、いつも微笑むように歪んだ口元、ややつり上がった目、それは4年前に死んだ親友の面影を色濃く残していた。シンディはエネスの姿を見つけると、たどたどしさの残る歩調で近寄ってきた。エネスはそれを自分の子のように優しく抱き上げた。
「エリナは、君のお母さんはどこにいる?」
 この幼女のフルネームは、シンディ・ハーバイン。つまり、彼女はショール・ハーバインとエリナ・ヴェラエフ・ハーバインの間に、宇宙世紀0088年最後の日に生まれた、3歳になる娘である。
 シンディがエネスの問いに答えて、無言で『死装束』のコックピット部分を指し示した。
「わかった、ありがとう。」
 軽く頭を撫でられて、シンディはただ無言で頷いた。彼女を抱きかかえたまま昇降用ゴンドラに乗って、『死装束』の頭部に上がった。コックピットの中から、何やら物音がしているのがエネスにも聞こえた。
「エリナ・・・。」
 エネスが近くにいることは既に知っていたので、作業をしていたエリナは名を呼ばれても驚きもせず振り返った。エネスに下ろされたシンディが、母親の元に駆け寄っていく。エリナの無言だが優しい微笑みは、最初はシンディに向けられたが、すぐにエネスにも向けられた。
「・・・・・・」
 クレイモア隊でも評判だった金髪美人は口を開いたが、声は出ない。いや、出せない。エリナは4年前の戦争で心に決して消えない傷を負い、一時は廃人寸前にまで追い込まれたが、最愛の夫との子であるシンディを出産することで、なんとか正気を取り戻した。しかし、時代は、心に対する代償としてエリナの声を要求したのである。
 シンディが無口なのは、母親が心因性の失語症であることの影響ではあったが、この娘の方は声を出すことはできる。ただ、母親が言葉を発しないので、性格の面で鏡として映ったに過ぎない。この夫との唯一の繋がりである娘こそ、心に戦傷を負って現実から乖離したエリナの心が現実世界に留まるための、たった一本の命綱だった。
「いや、作業を続けてくれ。聞いてくれるだけで良い。」
 それでもエリナは作業を続行せず、エネスの方を向いたままだった。誰かと向き合って話を聞きたいのだろう。彼女は決して癒されぬ孤独感に常にさいなまれているのを、エネスは知っていた。知っているからこそ、士官学校時代からの親友として無力な自分を呪わざるを得ない部分もあって、歯がゆかった。
「可能性でしかないが、このコロニーが危ないかも知れない。君とシンディだけでも、レイとイーリスの所に行ってくれないか?」
 それはエネスなりの気遣いだったが、エリナは首を横に振って”無用”と返答し、コックピットのメンテナンス作業を再開した。エリナは単に、夫の愛機でもあった『死装束』から離れたくないだけかも知れない、と思った。それに、エリナはショール・ハーバインの持っていた宇宙革命思想の実現を、共に夢見ていた女性である。ここで隊を離れることは、夫だけでなく自分自身を偽ることになるだろう。
 それが分かったので、エネスは敢えて強くは勧めなかった。エリナがそういう女性だったからこそ、自分は一度この女性を愛したのではなかったか。
「・・・自分の居場所は、ティルヴィングのモビルスーツデッキだってことか?」
 エネスの問いに、エリナは一度だけ頷いた。その表情は、エリナ独特の優しい微笑みだった。


 シャアがヘスティアを訪れてから、およそ2ヶ月が経過していた。エネス達とクローネはそれぞれ別の未来に分かれ、そのため、もともと多からざるモノであった両者の交流は以前にもまして頻度を下げた。それもそのはずで、エネスはクローネが破れて自らに危険が及んだとき、もしくは連邦がシャアに破れる可能性が出てきたときだけのために艦隊を整備していたのに対し、クローネは既に、シャアに攻撃を仕掛けるべくその準備を行っていた。
 それに、今でこそ彼らは同じコロニーの中で共存関係にあるが、本来ならクローネはエネスにとって”親友の仇”とも言える存在であった。共通の敵がいるからといって共闘できる方が不自然だろう。むしろ、今の共存関係が成立しているのも、ほとんど奇跡と言っても良かった。
 しかし、その奇跡は起こるべくして起こったモノである。ショール・ハーバインを撃墜したのもクローネであるならば、それによって瀕死になったショールを救うべく強化処置を施したのもクローネであった。その辺のいきさつをユリアーノから聞いたエネスは、クローネ達との共存を承諾した。とはいえ、もともとエネスには、復讐などするつもりはなかったのではあったが。

 いっぽう、クローネは少なからず焦っていた。この2ヶ月もの捜索にもかかわらず、現在のシャアの根拠地が判明に至っていないのである。彼は友人であるユリアーノ・マルゼティーニにその調査を依頼していたが、現在のところ、朗報は届いていない。
 今は、そのユリアーノの訪問を受けていた。
「焦ることはない、クローネ。」
「君の情報網をもってしても判らないとはな。スペースノイドが組織的にシャアをかくまっていたとしても、ユリアーノの情報網に引っかからないわけがない。それでも判明しないということは、シャアは今のところ、これといった根拠地を定めていないのではないか?」
 クローネの口調は、それほど平静の均衡を崩していないように見えた。こちらから攻撃せずとも、向こうの方からやってくることを知っていたからではあったが、このコロニーやサイド2を必要以上に巻き込まないようにするためには、自分がここから出て行かねばならないと感じていたのである。
「つまり、宇宙艦などの移動できるタイプのモノにいるか、もしくは複数の拠点を持っているのか、ということか。あり得る話だ。定まった根拠地というのを得るためにスウィートウォーターに侵攻すると考えれば、別に不思議でもないか。」
「できれば、エネス達の存在を連邦に悟られないように、ヘスティアの周辺で派手な戦闘をしたくない。今回のシャアとの決裂は、私が勝手に決めたことだからな。」
 だからこそこちらから攻撃を仕掛けたいのだ、と付け加えた。その気持ちはユリアーノにも解った。
「なら、仕掛けるのは、シャアが行動を起こしてからでいいんじゃないのか?その位の時期になると、連邦もシャアの行動に対処するので手一杯になるだろうからな。お前も準備の時間が欲しいだろう?」
「確かにな。シンドラとシシリエンヌの戦力では、できることに限りがある。シャアの行動を見極めて、もっとも効果的に阻止行動をするのが一番・・・。」
「嫌がらせをか?」
 その言葉に、クローネは苦笑した。
「ま、そういうことだな。夜中に枕元を飛び回る蚊みたいなモノさ。」
「それは厄介な・・・羽音だけでも難儀なのに、刺されたら痒みで二重の打撃だ。しかも、小さすぎて、大振りな攻撃をしても当たらないわけか。」
 ユリアーノもあわせて苦笑した。だからこそ、シャアはクローネの存在をそれほど重くは見ないだろうが、決して無視はできないのだ。シャアの注意をできるだけ散漫にすることこそ、クローネの思惑なのであった。

 彼らの根拠地であるヘスティアとサイド2を隔てる暗礁宙域で異変が起こったのは、それから一週間後の8月27日の早朝であった。それを発見したシンドラのクルーは、ヘスティアの中央管制室に報告し、けたたましい警報が鳴り始めた。
 隣の部屋で眠っていたところをたたき起こされる形になったクローネは、飛び起きて手早く着替えると、管制室に飛び込むように入っていった。
「報告を聞こうか。」
 近くにいたオペレータのひとりに、簡潔に言った。何が起こったのか、そして相手は誰なのか、そのくらいは聞かずとも解っていたのだ。
「暗礁宙域に沿って航行する、所属不明の艦艇がいます。」
 サイド2の1バンチコロニーとヘスティアの間には、浅く広い暗礁宙域がある。地球圏に点在する暗礁宙域の半数以上は、ここ10年来の戦乱によって破壊されたモビルスーツや艦艇、コロニーの残骸によって形成されているのが常であったが、このサイド2はやや事情が異なる。
 というのも、サイド2やサイド1などは、一年戦争のもっとも初期にジオン公国軍によって壊滅させられたため、それ以上は戦闘に巻き込まれにくかったのである。
 では、この暗礁宙域を形成しているのは何なのか・・・その疑問の解答は、サイド2が壊滅させられたコロニーだったことにある。一年戦争後、連邦政府とコロニー公社によって行われたコロニー開発計画によって、サイド2の再建は急ピッチで進められた。これによって、月面などから多量の資材が運び込まれ、その資材はコロニー建設などに使用され、破壊されたり老朽化した部品などは廃棄された。
 本来であれば、これらの処理はコロニー公社からの下請け業者が行うはずなのだが、この手のコロニー建設用の資材は耐熱性や耐衝撃性の強い資材などが多く、処理するのに莫大なコストがかかり、小さな下請け企業ではその経費を払うことすらままならないという現象が起きた。よって、この忘れられた宙域に不法に投棄する業者が後を絶たなかったのである。
 この宙域はまさしく、宇宙に出ても人々の認識が変わっていないという宇宙コロニー時代の陰影を如実に表現していると言える。
「所属不明か・・・映像は?」
「暗礁宙域が間にあるため、カメラでは捕捉しきれていません。連邦軍籍でもないのに、別の形式の識別信号を発信しています。数は一隻、こちらに向かっています。」
(思ったよりも早かったな・・・)
 クローネがまず思ったことは、それである。シャアがクローネをどれだけ邪魔に思っているのかを知る思いだった。戦力的には取るに足りないクローネすらも不安要素として排除したいと思っている、つまり、これからシャアが行おうとしていることは、それだけデリケートだということだ。
 ということは、クローネの存在は、これからの戦闘の結果よりも、本人が思っている以上に、敵対しているという今の事実だけで充分に功を奏するかも知れない可能性がある思って良いかも知れない。
(一隻というのが気になるな。シャアも、大事の前に派手なことをしたくないということか?それとも、一隻で充分だと思われているのか?それが事実だとしたら、私は過小評価をされていることになるのか、それとも、その逆か・・・)
 シャアの思惑がどうあれ、敵対宣言をしたのがクローネである以上、この艦艇に対するリアクションは決まっている。問題はどのタイミングで仕掛けるかである。
「よし、シンドラは直ちに発信の準備を。私がシンドラの指揮を執る。」
 クローネの決断は、暗礁宙域の中での戦闘だった。

 その巡洋艦は、未だ暗礁宙域のサイド2側に位置しており、そこから動き出す気配はなかった。彼らは、最優先に倒すべき人物であるロフト・クローネを待っているのだ。シンドラのブリッジに到着して、相手の行動を知ると、クローネはふとそう思った。暗礁宙域の中であれば、多少の戦闘があっても他の場所ほど目立ちはしないだろう、という根拠ゆえだ。シャアとて、できれば目立った戦闘は避けたいはずだ。
 シンドラがヘスティアを出て、暗礁宙域のすぐ手前まで来ても、まだ相手の動きに変化はなかった。クローネの推測は当たっていたのである。
「先発隊として、ガザD隊を出せ。私は第二陣で出撃する。それと先発隊には、自発的な交戦は避けるようにいっておいてくれ。」
 副官、いや、今やシンドラの艦長ともいうべきネリナ・クリオネスに、そう指示した。ネリナはそれを承伏すると、すぐにガザ隊に出撃命令を出した。相手の力量を計りかねている以上、本格的な戦闘はクローネのシュツルムディアスが戦場に到着してからにした方が良さそうだった。戦術的に見ても、相手の戦力が不明である場合はできるだけ戦力を整えた状態で戦闘を行うのが望ましいのだ。もっとも、そんな場合では、できるだけ交戦しないのが一番望ましいのだが。
 だが、クローネの思惑はすぐに崩壊した。敵の巡洋艦−どうやらエンドラ級らしいが−から出撃したモビルスーツが、すぐに先発隊を屠ってしまったのである。
「なるほど、過小評価どころか、随分と買いかぶってくれているようだな。」
 シュツルムディアスのコックピットの中で、独白した。先発隊として既に3機のガザDを出撃させていたため、今のシンドラにはこのシュツルムディアスと2機のガザDしか残っていない。僚艦であるシシリエンヌを出撃させなかったのはミスだったかも知れない、と今更ながらに思った。
「今更、だな。シュツルム出るぞ。残りのガザも続け!」
 そうして、クローネのシュツルムディアスは、4年ぶりにその機体を宇宙に滑空させていった。

 暗礁宙域の中は、先程まで戦闘があったことなど臭わせるような趣もなく、特に変わった光も見えず、不気味なほどに静まり返っていた。
「ガザ隊はやはり全滅したか・・・コーラー、レフは暗礁宙域の外で待機、私が先行する。」
 光信号で伝えると、後続のガザの行動を確認せずにそのまま直進した。
(標的は私ひとり・・・この中のどこかに潜んでいるはず・・・どこだ?)
 周辺に気を飛ばして気配を探すが、今のところそれを感じることはできない。力の度合いこそ知れているが、これでもニュータイプ戦士として養成を受けたパイロットである。相手の意思の輪郭を感じ取ることはお手の物だったはずだ。それでも探せないとなると・・・。
(気配を殺している?)
 嫌な予感がした。自らの意思でクローネの感覚から逃れることができる人間など、そう多くはいない。必ず断片的にでも感じることができるはずなのだ。ということは、少なくとも、ニュータイプ戦士と戦うことを前提とした訓練を受けた人間が相手である可能性が高いということだ。すなわち・・・。
「強化人間、か・・・。」
 世を捨てた4年の間にどれだけの技術が進歩したのかは、彼自身でもよく解っていない。だが、少なくとも、強化人間風情と言えた昔と違うことくらいはわかる。
 その予感は、すぐに現実となった。後ろの方から、急激に何かが迫ってくるような、機体が押されるような感覚を味わった。
「この感じは、とてつもなく大きな・・・・」
 無意識に機体を上昇させると、直後、その場所をビームが通過した。
「殺意!」
 振り返って、クローネはビームピストルを無照準で発射したが、漂流していたゴミに当たって爆発しただけだった。だが、方向は間違っていないはずだ。
 その直後、正面から何かが猛スピードで突進してきた。ユリアーノから得た情報の中にあった、シャアのネオジオンが保有している新型のモビルスーツ”ギラ・ドーガ”だったが、機体のカラーリングは標準の緑と違っていて灰色に近かった。
 その灰色のギラ・ドーガは、ビームマシンガンを乱射しながら、左手に装備したビームサーベルが斧のように変形しているかのような格闘武器でもって斬りかかってきた。クローネは、すかさずそれを左への水平移動で回避する。実際のところ、ビームサーベルを抜いて受け流すだけの時間はなかった。
”敵はみんな殺す!”
 クローネは自分の中で、心の声を聴いたような気がした。
「!?」
 構わず、ビームサーベルを抜き放ち、反撃する。鍔迫り合いになり、一瞬、両者の機体は動きを止めた。その隙に周辺を見回したが、目前の機体以外は敵が存在しないような感じを覚えた。つまり、この灰色の機体だけで、先発隊を瞬時に屠ったということだ。
「お前は・・・!」
 なぜそこまで敵を無条件に憎悪できるのか、そう尋ねようとしたが、それだけの余裕はなかった。
”敵はクローネただひとり!”
 先程から心の中に、ラジオのように流れ込んでくる感覚は、目前の敵の明確な殺意だったのだ。
「イーシャ・マクドガル・・・それがお前の名前か!?」
 クローネは肉声で叫んだ。鍔迫り合いになるほど近付いているため、相手に聞こえているはずだ。直後、コックピット正面モニタに、敵の映像が表示された。相手が繋げたのである。
「子供ッ!?」
 クローネが見たのは、まだ12〜3歳くらいであろうかという、少女だった。


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