機動戦士ガンダム 0088番外編(後)
〜ミッション・ファースト〜

 宇宙世紀という時代は、人類の歴史上において70年以上平和が続いた希有な時代であった。しかし、それはただ、人類の生活環境が著しく変化した宇宙時代の黎明期であったからに過ぎない。人類が宇宙に進出した時のフロンティア精神が一時的に戦争を忘れさせただけであったかも知れない。だとすれば、人々が常に上を向いて進んでいくことが出来れば、人類同士の不毛な争いから逃れることが出来るのかも知れない。
 しかし、宇宙に上がった人たちは、その上を見つめることなく、ただ地球を見下ろすことしかしなかった。
人々の魂は、常に地球と共に無ければならないのだろうか?そうだとしたら、人類の未来は地球の滅亡と共にしなくてはならないかも知れない。それは地球の自然から生まれた生物としては正しい未来かも知れない。しかし、人類はそれを拒んで宇宙に生活の場を移したのである。その拒絶反応がより強ければ、人類はより高い場所へと進めるのではないだろうか?

 人類が地球を巣立ったと錯覚し始めてから、80年あまりが過ぎた。時代の区切りである一年戦争は、平和な時代の終焉を伝える鐘であったのだろう。そして一年戦争も終わり、平和な時代の到来の予感が人々の中に芽生えていたが、それを拒む人間達もいた。人はやはり、戦い続けねばならないのだろうか?

 ジオン軍残党「デラーズ・フリート」は、連邦軍の基地から戦術核を搭載したガンダムを強奪し、それに乗じて決起した各地の残党軍を糾合して連邦軍の一大イベントである観艦式を襲撃してきた。散発的な攻撃に連邦軍上層部は油断していた。敵の切り札であるガンダムのことなど忘れて・・・そのタイミングに乗じて、デラーズフリート本隊がコンペイトウに進撃する。その数は陽動とは思えない、本格的な戦力であった。

 連邦軍のコンペイトウ防衛の任に当たっていた312MS小隊は、母艦であるオンタリオを出発してデラーズ・フリート本隊の右側面、コンペイトウの裏手から少しだけ離れた宙域にその姿を現していた。
「ハーバイン、リィプス、相手が側面から来るとしたら、ここに来る。油断するなよ!?」
 312小隊長であるユーリ・ウィスコンシン中尉は、新米パイロットの世話を実戦でさせらる事に対する不満も含めずに、接触回戦で言った。ウィスコンシンという男はそう言う意味で、やっかみの多い連邦軍では希有な人物である。ショール・ハーバインとエネス・リィプスはその人柄に敬意を抱いていたので、その指示に従う。
「了解!」
「了解です」
「奴らには別働隊に大規模な戦力を投入できる物量を持ってはいない。訓練通りやれば撃退できるような数だろう。お前らはエース候補だ、死ぬんじゃないぞ!」

 デラーズフリート本隊が、コンペイトウの宙域にまで侵入して、観艦式に集結した連邦軍艦隊との本格的な戦闘になった。312小隊の任務はそれに対する加勢ではなく、起こりうる別働隊の襲撃に対する警戒だった。そして、本隊との戦闘がある程度の落ち着きを取り戻しはじめ、それまでの警戒が無駄に終わるかと思えたそのとき・・・
「リィプス、コンペイトウ周辺に暗礁宙域があったな?どこだ!?」
 ウィスコンシンは何の前触れもなく、疑問を口にした。
「は、S−0、つまりコンペイトウの裏です。」
 コンピュータからデータを抽出することの早さに長けたエネスが答えた。
「裏手・・・敵の動きがあまりに正攻法過ぎる。裏手に向かうぞ!」
「了解!」
 ウィスコンシンのジム改は、現在の居場所からそう離れていないコンペイトウの裏手へと移動を開始した。
エネスとショールもそれに従って、後に付いていった。

 コンペイトウの裏手には、まだ一年戦争の傷跡とも言える、MSや戦艦などの残骸が無数に漂っていた。一年戦争中に撒かれたミノフスキー粒子の影響も残っている。不意打ちをするにはこれ以上絶好の場所はなかった。その暗礁宙域には、MS隊は配備されていなかった。無人の防衛衛星が幾つかあるだけで、警戒は薄かった。そして、その宙域に向かって、312小隊は全速で進んでいた。
「隊長、暗礁宙域の中に小規模な爆発を確認!」
 ウィスコンシン中尉の右手に位置しているショール機が、最初に異常を発見した。
「小規模な爆発?もう来ていたのか!急ぐぞ!」
 ウィスコンシンは、自分の勘が当たったことに安堵した。ヘタをすれば任地の放棄の罪を問われ兼ねない判断であったからだった。312小隊が暗礁宙域に入った直後だった。一番近くにあった監視衛星が、312小隊の目の前で破壊された。そして3人は見た。白いMSの姿を・・・
「ガンダム2号機だ・・・」
 ウィスコンシンは呻いたが、すぐに指示を出した。
「この宙域では長距離通信は不可能、ここで足止めするぞ!」

 この時、アナベル・ガトー少佐の乗るガンダムに随伴していたMSは、2機のリックドムだけであった。暗礁宙域からの奇襲を敢行するには、丁度良いくらいの数である。「ソロモンの悪夢」と呼ばれたエースパイロットであるガトーは、そう言った絶好の場所にすら警戒の手を伸ばさない連邦軍の無能さにあきれかえっていた。暗礁宙域を抜ける直前にあった最後の監視衛星を破壊したガトーは、自分の作戦が成功したことを確信していた。しかし、ガトーの目に、モニタに表示されたMSの姿が映った。3機のジムだ。
「ガンダムだけを叩くぞ、各機散開、囲め!」
 ウィスコンシンを中心として、ショールとエネスのジムは左右に散った。2人が最初にウィスコンシンからたたき込まれたフォーメーションだ。そして、ウィスコンシンは自機をガンダムに向けて、ビームスプレーガンを発射しながら左手でビームサーベルを抜き放つ。ガンダムはそれを肩についている大型バーニアを使ってひらりとかわした。
「ガンダムが!!」
 ガンダムに接近して、ビームサーベルを振るおうとしたその時、ガンダムは既にウィスコンシンのジムに向かってビームサーベルを振り下ろしていた。そして、両断。
「ここで手間取っては、大事に障る!」
 ミノフスキー粒子が残留していた宙域であったから、ショールとエネスにはガトーとウィスコンシンの絶叫を完全に聞き取ることは出来なかったが、ウィスコンシンが戦死したこと位の事態は把握できた。慌ててフォーメーションを戻して、ショールとエネスが自機をお互いに近づける。その眼前にはガンダムの姿があった。
「ショール、ここは退くぞ!」
 このままでは・・・エネスは判断して叫んだ。ガンダムは目前である。
「・・・・・!!」
「オレ達の目的はここで戦死することではない!生きてやるべき事がある!」
「・・・解った!」
 エネスの言い分に納得したショールは、ガンダムを見据えた。
「少佐、時間がありません!ここは自分が!」
「すまん!」
 途切れ途切れに、ショール達の耳にガンダムのパイロットらしき人物の声が入ってくる。ガンダムに随伴してきたリックドムが、ショール達に向かって突っ込んできたが、エネスの指示に従ってそのリックドムを相手にせずに後退した。リックドムは無理は追撃をしようとはしなかったが、その直後、今更になって現れた連邦軍のMS隊がリックドムに攻撃を始めた。そのタイミングに合わせて、ガンダムから一時離脱していたザク3機が集まっており、ショール達の前に立ちはだかっていた。先程現れたMS隊は、リックドムの相手をするのに精一杯で、こちらに気付いている感じはなかった。
「エネス、指示を出してくれ。一人ずつで戦っても死ぬだけだ!」
 ショールは肝を据えた。自分とエネスでなら、ザクの3機や4機などすぐに排除できると高をくくった。
「了解だ、敵は包囲しようとしてくる、真ん中から分断するぞ!」
「よし!」
 エネスとショールは、自機を3機の中央に位置するザクに向かって、突進した。エネスが真ん中のザクを最初の攻撃対象に選んだことには、理由があった。そのザクは片足を被弾しており、膝から下がなかったからだ。姿勢制御が困難なため、潰しやすい敵機から狙うのはセオリーである。逆に、この時点で潰しておかないと余計な攻撃を受ける可能性すらあったから、エネスは迷わず判断を下したのだ。
「この!」
 ショール機のビームスプレーガンが3度、咆哮する。相手は姿勢制御もままならない状態であったから、その3度の攻撃全てを直撃されて、爆砕した。ザクはまだ散開をはじめたばかりであったので、ショール・エネス機からはそれほど離れてはいなかった。
「右をやれ!」
 エネスは通信が届かなかったときのために同時に右手で指示をする。ショールは黙って右のザクを狙って、ビームスプレーガンを放つが、いずれも当たらず、。その後すぐにビームガンを腰のラックにマウントし、ビームサーベルを抜く。エネスは左のザクを狙って、タイミングをずらしてビームスプレーガンを2発だけ放つ。1発はザクの頭部に当たり、もう1発は2秒後にコックピットに直撃した。目の前のザクを片付けたエネスは、ショールのことを気にしていた。ショールはサーベルを持ってそのまま全速で直進して行くところであった。エネスがザクを撃墜するタイミングが早すぎたのである。
 早急にここを離脱する必要性を感じていたエネスは、ショール機を援護すべくビームガンを構えた。ショールの前のザクは、エネス機からは射程距離ギリギリであったが、エネスには命中させる自身があった。ザクがマシンガンをショール機に向けて斉射する。
「よけるんだよ!!」
 ショールはマシンガンの弾道を読み、機体を右回りに錐揉み状に回転させて、それを回避しようとするが、その回避運動が巧くいったのはあくまでシミュレータでのことであった。ジム改では、そのショールの独特の操縦についていけなかったのである。マシンガンを左足に受ける。
「・・・!!」
「ショール!!」
 エネスはその瞬間、ビームガンを3発、ザクに向けて発射した。しかし、被弾した直後のショール機は、姿勢制御を満足に行えなかった。続けて発射されるマシンガンを回避しようと先程と逆回りに無理な回避運動を始めた。
「しまった、ショール!!」
「・・・!!!」
 エネスの放ったビームガンの内1発は、そのままショール機の左腹部をかすめ、削っていった。ショール機が死角になって、ザクにパイロットはその攻撃が見えず、自らに起こった現実を認識できないまま自機と運命を共にした。
「・・・トチったな・・・く・・・」
 ショ−ルはビームがコックピット横をかすめた事で起こった小さな爆発を受け、左脇腹からおびただしい量の血が出ていた。

 ザクを撃破して、エネス機がショール機に接近したときだった。
「ショール、離れるぞ!」
「・・・・」
 エネスのジム改がショール機を引きずって、コンペイトウと反対方向に向かって全力で移動をはじめた。
「巻き込まれる!」
 エネスは叫んだ。そして、ただひたすらにコンペイトウから離脱していった。
「間に合うか!?」
「・・・・!!」
 閃光、そして爆発が背後の遙か遠方で起こった。ガンダムが戦術核を使ったのである。
「4秒後に衝撃!?」
 呻いたその次の瞬間、2人のジム改にものすごい量の衝撃の風がぶつかってきた。
「あぁぁぁぁぁぁ!!」
 ジム改は衝撃に吹き飛ばされる格好で前に押されていった。

 それから何分が経過したであろうか?衝撃はすでに治まり、静寂のみが周辺を支配していた。自分たちが助かったのだという自覚を取り戻したとエネスは閃光で焼き付いた後方モニタを見ていた。モニタはただ、ノイズのみを映していた。ガンダムの放った戦術核弾頭、MK−82は、観艦式に参加していた連邦宇宙軍主力艦隊のおよそ3分の2を消滅させていた。ミノフスキー粒子の妨害に紛れてショール達の耳に入ってくる通信は全て悲鳴のような助けを求める声であった。
「離れていて正解だったが・・・向こうは悲惨だな・・・」
 エネスは疲れ切った喉から声を絞り出して、呟いた。そして、2人のジム改はコンペイトウの方向へと向かっていった。母艦オンタリオが心配だった。

 オンタリオは無事だった。無論無傷ではないが、何とか航行できるレベルであった。オンタリオは、衝撃波をまともに受けて損傷して、老朽艦のような有様であった。2人が帰還すると、メカマン達が忙しそうにMSデッキ内を右往左往している。被弾したショール機の前にメカマン達が集まってきて、二次爆発を避けるための消化剤を被弾箇所に噴射していく。
 それも終わらない内に、エネスがショール機のコックピットハッチをはがした。ショールは出血がひどく、既に意識を失っていた。簡易のストレッチャーが持ち出され、ショールを乗せてデッキ近くにある緊急用の処置室に運ばれていった。エネスはジム改からデッキに降り立つと、メカマンの数少ない呼びかけに右手を挙げるだけで、さっさと艦の中に入っていった。そしてショールが運ばれた処置室の前に向かった。3時間ほどが経って、処置室から手術用の白衣に身を包んだ軍医が姿を現した。
「ドクター、ショールは!?」
 エネスはいつもの冷静なエネスではなかった。自分の攻撃で親友を殺してしまったとしたら、自分の人生は何と救いがないのだろう?
「あぁ、一命は取り留めたが、内臓の損傷と肋骨の骨折がある。3ヶ月は安静にしていて貰うことになるな。」
 エネスはその言葉に、音もなくため息をついた。

 ショールの命が助かったことに安堵したエネスは、そのままブリッジに向かった。生還したことをとりあえず報告すべきであったからだ。しかし、全員生還というわけには行かず、小隊長であったウィスコンシンは戦死してしまった。その報告を聞いても、艦長であるヨシト・ソネザキ少佐は無反応であった。別に彼が無感情な人間だからなのではなく、とにかく疲れていたからだ。一応の報告を終えて、エネスは廊下のハンドグリップで移動していた。
「とりあえず、休もう。」
 エネスは一人ごちた。初陣を飾ったのは良かったが、その後味は最悪であった。

 その後、ショールとエネスの属するオンタリオはデラーズ・フリートの真の目的であるコロニー落とし作戦の阻止任務にに参加できなかった。無論、機動戦力がほとんど皆無であったからに他ならなかった。結局そのままコロニーは北米大陸に落着し、デラーズ紛争終結を向かえることになる。
 連邦の事後処理やその責任追及、そしてデラーズ・フリートが起こした数々の事件の抹消など、連邦に対する不審を拡大させただけの痛恨の事件であった。

 宇宙世紀0084、1月・・・2ヶ月ほど前に起こった事件の事後処理も終わっていない時期である。
エネスはグラナダ基地の兵舎にある自室で休暇を過ごしていた。MSのパイロットはこういった事後処理や事務とは無縁だったので、ただ気楽に過ごしていれば良かった。ただ、エネスは寝て休暇を過ごす気にはなれなかった。ショールは意識が回復して体調がある程度安定してくるようになると、グラナダ基地にある軍病院に移送されていた。ショールが意識を回復してからは、まだ会いに行っていなかった。エネスはようやく踏ん切りがついて、ショールを見舞う事を決めた。

 不意にドアがノックされて、ショールはゆっくりと起きあがった。
「どうぞ、今はオレ一人だ。」
 まだ左腕には点滴がぶら下がっていいて、起きあがるには邪魔であったが、これはただの感染症を防ぐための抗生物質でしかない。じきにはずれるだろう。
ドアから入ってきたのは、ショールにとっては懐かしい顔だった。
「エネス、良く来てくれたな!ずっと待ってたんだぜ?」
 まだ腹部に若干の痛みがあるが、それを我慢して大声でエネスを迎え入れた。
「・・・すまなかったな、オレが迂闊な攻撃をしたから・・・」
 エネスの顔は病人であるショールよりも沈んでいた。
「何辛気くさい事言ってんだ、オレに反応しきれないジム改が悪いんだよ、お前が気にすることはないさ。」
「そう言ってくれると助かる。これ、見舞い品だが、食い物は大丈夫か?」
「あぁ、点滴は抗生物質だし、食事も普通食だからな。問題はないさ。」
 ショールがそう言うと、エネスはポケットから丸いモノを出して、ショールに投げつけた。それは赤い果物であった。
「リンゴじゃないか、良くこんなモノが手に入ったな?」
「街で買ったモノだ。コロニーから仕入れたモノらしいから、地球のモノとは違うかも知れないぞ?」
「いいさ。オレが今喰いたかったモノなんだ、ありがたい。」
 ショールは病衣でリンゴを磨くと、そのまま丸かじりした。シャリッとした歯触りが心地よかった。
「美味いじゃないか、ありがとうな?」
「ははは、貴様もそれだけの元気があれば、すぐに復帰できるな?」
「あぁ、そうだな・・・今週中には退院できるそうだ。」
「ほう、早いじゃないか。早く退院してこいよ、待ってるからな?」
「トーゼンだろ?でも、一つ解ったことがあるよ・」
「なんだ?」
「エネスとは戦いたくないってことだな」
 そう言って、ショールは大笑いしようとしたが、すぐに腹を抱えて痛みをこらえた。
「無理をするな、退院を伸ばすことになるぞ」
 エネスは呆れ顔で言った共に、ショールが思った以上に元気だったので、心から安堵した。
「違いない、しばらくは安静にするさ。」
「病室ってこんなに笑い声のする所だったとは、知らなかったわ。」
 ベッドに身を横たえようとしたときだった。突然の声にショールは耳を疑った。その声は今ショールの病室にいる人物の声ではない。ドアのすぐ外から聞こえてきた声だ。しかも、ショールにはひどく懐かしい声だった。ドアが開く。
「お久しぶり、ショール。」
「エリナ!」
「いつここへ?それに、まだ士官学校だろう?」
 ショールは、せっかくにも横にした身体をまたも起きあがらせた。
「質問が多いわね、1月いっぱいは月にいられるわよ。アナハイム・エレクトロニクスでメカニックの研修なのよ。」
「あ、そうか。お前は整備兵科だもんな。そう言う特別な実習があってもおかしくないか・・・」
「そうそう。退院する頃に私も地球に戻る事になりそうだけどね。」
「久しぶりだな、ホントに・・・」
「じゃぁ、オレはこの辺で失敬させて貰う、野暮なことはしたくないからな。」
 エネスが苦笑しながら切り出した。
「・・・そうか、じゃぁ、退院してからまた会おう。」
 エネスの気持ちは誰よりもショールが知っている。エネスもまた、エリナに好意を抱いているのだ。エネスは変に馴れ合うを好まなかったから、ショールはあっさりとエネスの心遣いをいただくことにした。
「そうだな、エリナも、元気でな・・・」
 それだけを言って、エネスは逃げるように退室した。

 ショールを見舞ってグラナダ基地のMSデッキへ戻ってきたエネスは、すぐに人事課への呼び出しを受けた。人事課・・・異動するのか・・・エネスは考えていた。それは自分にとってはある起点になるかも知れない・・・人事課の窓口で教えられたある部屋に行くと、そこには一人の男がエネスを待っていた。
「エネス・リィプス少尉だな?」
 その男の年の頃は30過ぎ、長くも短くもない茶色の髪で、黒い瞳を持った男だった。
「はい、エネス・リィプスであります」
 胸の階級章を見ると、自分よりも上の階級であることが解ったので、エネスは敬礼した。
「私はティターンズのレナード・モートン少佐だ。単刀直入に言おう。是非、君にティターンズに入って欲しい。」
「ティターンズ・・・あのジオン残党狩りを目的としたエリート部隊ですね?」
「そうだ。君の持っている考えを実行してみたいとは思わないか?」
 エネスは眉をひそめた。どこでそんな事を・・・エネスは少し考えた。
「まぁ、長いこと君のような人物を捜していたからな。どうだ、共にその理想を実現しないか?」
「では、少佐も・・・なんですね?」
「そうだ。人類全体のために、戦ってくれないか?」
「・・・・・解りました。あなたの部下として戦わせていただきます。」
「いいのか、そんなに即決して?」
「はい、私自身、どうすればいいのか具体的な方策を見出せないままでした。良い機会だと思いますよ。」
 エネスは、迷わなかった。
「そうか、君が決断してくれたことを感謝する。」
 モートンは右手を差し出して、握手を求めた。
「宜しくお願いします」
 エネスもそれに応えた。ショール、貴様はどうするんだ・・・しばらく会うことはないだろう・・・しかし・・・いつか巡り会えると信じているぞ・・・目指すところは同じなのだから・・・エネスは、迷わなかった。

 夕方を過ぎてエリナが帰った後、ショールのいる個室は昼までと同じく、ただ静寂だけが時間を制していた。いつになく話し込んだので、ショールはいささか疲れていた。体力には勿論自信はあったが、退屈さや精神的ストレスは体力ではどうしようもなかった。運ばれてきた夕食を食べ、点滴を外して貰った後は、本当に何もなかった。テレビと言えば北米にコロニーが落ちた「事故」の被害などに関するニュース番組、あとは興味のない歌番組や昔エリナと見た映画の再放送くらいであったので、ショールは退屈の極みを迎えていた。
 かといって出歩ける身体ではない自分の身体が、もどかしくもあった。グラナダ時間で23時を過ぎた。病院内は既に消灯を迎えている時間である。ショールはライトをつけて何度も読み返した文庫本をまた読んでいた。昼に寝たせいで眠れないのでは、子供と同じだな・・・ショールは苦笑した。夜の病院内で響く足音と言えば、歩ける患者が共同のトイレに向かうか、看護婦が見回りに来ている程度である。ショールの部屋は病棟2階の一番奥で、看護婦の見回りは一番最初に行われた。なのに、また足音が近付いてきた。文庫本を枕の横に置き、ショールは個室の出入口の方を凝視する。そして開いた。
 部屋にはまだライトが灯っているので、入ってきた人物の容姿が解った。スーツ姿で、見舞いにしては不自然ではないが、見舞いに自然な時間ではない。
「誰だ!?」
 ショールは動きの鈍い身体を起こして、警戒の声を挙げた。
「夜分申し訳ない。オレはロイス・ファクター大尉だ。お前さんに話があって来た。」
「大尉殿ですか、それは失礼しました。」
「いや、失礼はこっちだから、気にするな。お前、ティターンズをどう思っている?」
 えらく不躾な質問だが、顔は真剣だったので、根が素直なショールは素直に応えてやることにした。
「地球に閉じこもって、お山の大将を気取っている奴らです。ロクな奴らじゃない。オレは連邦の今のあり方は良くないと思ってます。ジオン公国じゃないけど、人が宇宙に出たのなら、政治の中心も宇宙にあるべきです。」
 ファクターと名乗ったその男は、大いに納得したように頷いて見せた。
「オレ達は連邦の浄化、改革するための力を集めている。人類全体のため、一緒に来ないか?」
「いいですよ、是非参加させて下さい。」
「良いのか?そんなに簡単に決めて?」
 ファクターは少し拍子抜けしたようであった。
「ええ、今の連邦なんてオレがどう思っていても改革できないし、今の状況にはうんざりしているんです。」
 ショールに、迷いはなかった。
「ただし、条件が一つあります。」
 ショールは右手人差し指を立てて、意地悪く言ってみた。
「なんだ、言って見ろ。」
「カリフォルニア士官学校整備兵科在籍中のエリナ・ヴェラエフを卒業後グラナダに配属させるように工作して下さい。」
「なんだよ、お前の女か?」
 ファクターはあまりに意外な提案をされたので、ホントにそれで良いのかと聞きたくなった。
「ええ、個人的な理由ですけどね。でも、彼女はオレと同じ思想を持っていますし、腕のいいメカニックです。きっと我々の大きさ戦力になるでしょう。」
 ショールの表情はいかにも真剣であった。
「・・・そうだな、整備兵一人くらいの人事工作なら我々のコネで何とでもなる。オレが責任を持って実行させよう。」
「なら、オレはOKですよ、文句はないです。」
 ショールに、迷いはなかった。

 その1週間後、エネスが最後に病室を訪れたが、既にショールの姿はなかった。見舞いに行った日から3日後に、姿を消したらしかった。アイツも、自分の道を見つけたのかも知れない・・・エネスは心の中で親友にしばしの別れを告げ、病院から立ち去った。UC.0084、1月21日のことであった。

 そして、2人は3年後に再会することになる。それがどの様な再会であったかは、別のところで語られるだろう。戦争という時代は、2人の想いをどの様に交錯させるのだろうか?


ミッション・ファースト 完
   機動戦士ガンダム0088に続く