第17章 迷 走
ティターンズのアポロ作戦が開始され、月面都市フォン・ブラウン市付近ではティターンズの艦隊とアーガマを初めとするエウーゴの部隊が戦闘を繰り広げていたが、エウーゴの阻止行動はあまりに遅すぎた。その戦闘の行われている宙域からグラナダ寄りの月面で、別の戦闘の光があった。
ティターンズのMSで戦闘が可能であったのはエネス・リィプスのマラサイだけであった。クラック機他のマラサイも機体の損傷度が高く、ファクターとレイの前進を阻むことも出来ないまま、ゆっくりと流れるように母艦ニューデリーへのコースを取り始めた。エネスの指示であったが、クラック達も、今の自分たちがエネスの邪魔にしかならない事が判っていた。
「エネス、俺と一緒に来い!!」
ショールの白いリックディアスが、エネスが乗る紺色のマラサイの戦闘力を奪うべく、リックディアスの左手に持たせてあったビームサーベルでエネス機の右腕を狙って攻撃する。横から薙払われたビームサーベルを、エネス機が同じくビームサーベルを使って受け止め、それによって生じた電磁帯の影響によって両機の動きが一瞬止まった。
「まだオレは終われない!」
「ティターンズにいて 未来を見出せたのか!まだ間に合う、俺と来い!」
ショールは再び、その言葉を吐いた。ショールにしてみれば、今はエネスと戦っている場合ではないと言うのが正直なところであったが、無論エネスと戦いたくないと言う心情もむしろ強くなっている。ショールがエウーゴに参画した当初、ショールはエネスを誘うつもりだったが、既にエネスの所在は不明であり、ショールにそのチャンスはなかった。エネスがティターンズのパイロットとして自分の前に姿を見せたとき、その驚きは小さなモノではなかった。
エネス機がビームサーベルをオフにして、右手のビームラーフルを2発放って距離をとった。ショール機もそれに合わせて右手のビームピストルを構える。そして、両機が同時に全速での前進を始めた。
「いち早く連邦を変えて行くには、この方法が一番なんだ!」
「30バンチを忘れたのか!ティターンズは地球にばかり気を取られて、今の時代というモノが全く見えていない奴らの怨念が具現化した氷山の一角だと、何故気付かない!お前がその中で粋がったところで、何を変えられる!」
ショールはエネスに想いの全てをぶちまけた。更に言葉を続ける。
「このまま奴らがのさばってしまったら、連邦は人間として後戻りできなくなるんだ!そして・・・情愛を忘れた人類に存在価値は無い!」
「そうだ、だからオレは内部から連邦の俗物達を排除するために!人類全体のために戦ってきた!」
エネスも、そしてショールも、人類全体のために戦ってきたことは、互いが一番理解していた。そして、本来この戦いに必然がないことも、互いが良く理解していたのである。しかし、それでも2人は戦いをやめられなかったのは皮肉としか言いようがない。理想を共有した2人が何故戦わなければならないのか、2人は今までその葛藤と戦ってきた。両機共にビームを発射しながらも、更に距離を詰める。エネスは左右に水平移動をしながら、ショールは左方向への錐揉み回転をさせてそれぞれの攻撃を回避した。
「これで!」
「・・・・・・!!」
エネスのマラサイが放ったビームライフルの射撃は、巧妙であった。ショール機がエネスから見て右方向に回避することを踏まえた上で、その回避運動が完了する地点に向かって先に射撃を行ったのだ。
「ぐ・・・・!」
ショール機はその攻撃を見て咄嗟に、回避運動の途中で逆方向に回りだした。エネスの攻撃を紙一重でかわしたが、急に回転方向を変えたため強烈なGがショールの身体を襲う。上半身が押しつぶされるような圧迫感を感じ、胃の中からこみ上げるモノをこらえた。汗がどっと体中から吹き出し、頭の中をかき回されたような不快感に支配されるが、ショールは持ち前の集中力で何とかそれを克服した。自分の迂闊な行動を呪っている暇はない、そう言った切り替えもショールの武器であった。リックディアスの動きはその後少し止まった。
「回避したのか!」
エネスはその攻撃に絶対の自信を持っていた。それをも回避するショール・ハーバインとは何という反射神経と集中力の持ち主なのか・・・機体がそれに対応した動きをしたと言うことは、システムとショールの相性がフィットしていることの証明でもあった。しかし、如何にショールでもそんな無茶な運動をした以上、以後の動きにはこれまでのような鋭さはないだろう。実際、以前の事故で腎臓を一つ失っているショールには、こういう腎肺に急激な負荷のかかるGは、エネスが想像する以上の苦痛があった。
「俺と・・・ハァッ・・・ハァッ・・・俺と来い!」
時を同じくして、フォン・ブラウン市へ侵攻していたティターンズの艦隊とアーガマ隊との戦闘宙域に向かっていたマチス・コーネリアとエルウィン・アルツールのネモに、ナリア・コーネリアのリックディアスが追いついていた。3人のMSは、モニタでその戦闘の様子が確認できるほどの距離にまで接近していた。案の定、フランベルジュ隊へもティターンズの部隊の一部が向かってきた。
「マチス、アルツール、見えてるね?」
ナリアが両機に呼びかける。勿論2人にもその戦闘宙域の様子は確認できていた。敵の数はそれほど多いというわけではないが、肝の据わったナリアでもフォン・ブラウン市がエウーゴの生命線であることを考えると、嫌でも緊張してくる。
「見えてます、まだ数が多いですね」
マチスは、まだこの戦闘が始まってそれほど時間が経っていないことを察知していた。
「そろそろこっちにも迎えが来る、油断するなよ!
大規模な戦闘ではヘタに分散するな!」
「了解!」
マチスとアルツールが返事をした直後、3機の間を縫うようにビームが走った。
「そら来た!本隊から離れて来た5機!このまま突っ切って、第二陣のエストックに任せるんだ!」
「了解」
「速攻で潰す!」
ナリアの片腕のないリックディアスは、そのまま敵のハイザック隊の真ん中を割くようにして、ビームピストルを連射しながら突撃していった。ハイザックのうち1機がそのビームの直撃を受けて火球に変わった。マチス達も同じくビームを連射しながらナリア機のすぐ後ろに続く。そして、20秒ほど遅れて、エストック隊のファクター機、レイ機がハイザック隊と相打つ形になる。
「レイ、速やかに排除するぞ、ティルヴィングに近づけられないからな!」
「了ぅ解!」
レイは答えた後、4機のハイザックを見据えた。セオリー通りに展開せずに、4機は密集していた。ナリアの性格からして、急いで真ん中を突っ切っていったに違いない。同じ事をされて抜かれるのを恐れたのだろう。ならば話は簡単だ。ファクターなら挟撃の体勢を取るはずである。
「レイ、右から・・・」
ファクターが指示を出そうとした時には、既にレイ機が右方向から回り込もうと移動していた。
「味な真似しやがる・・・ようやくチの字を覚え始めたな」
言いながらファクターは、レイの動きを見て左方向に回った。そして、ビームピストルでの射撃を行った。ハイザックの部隊の小隊長は混乱した。少数で多数を包囲しようとするなど、よほど自信があるのか、それともよほどのバカのやることだと感じた。
「いける!」
レイもビームピストルを3発発射した。完全な挟撃体勢に追い込まれ、ハイザック隊はロクな反撃も出来ずに爆砕した。
「オラ、急ぐぞ、時間がない!」
「はい!」
ナリアの機体が心配だ・・・レイはショールのことは心配していなかった。ショールの勝利を信じていたからに他ならなかった。
「俺と・・・ハァッ・・・ハァッ・・・俺と来い!」
身体を襲う強烈な吐き気と戦いながらも、ショールはまたその台詞を言った。エネスはマラサイの左手に持たせてあったビームサーベルを作動させ、一気に接近した。友人を殺したくないのはエネスにしても同じであったが、このまま戦闘力を奪って捕虜として連行しても、ロクな扱いを受けないのが判っていた。ジオン・ダイクンの主義を支持していたショールの事だから、ティターンズの兵士として自分の仲間にはなり得ない事も理解していた。
「・・・・・!!」
接近してきたエネス機に対して、呼吸困難の寸前でありながらもショールは自機にビームサーベルを振るわせた。左下方から右上にかけて振り払う。
「なに・・・!」
エネスは咄嗟に左腕を機体の前に出して、機体を少し後退させた。そのおかげでマラサイの損傷は左腕だけに留まった。二の腕の部分から下が切断される。咄嗟の判断がなかったら上半身と下半身が両断されていたところであった。そして、ショールが得意とする突き攻撃を繰り出してきた。左手のサーベルがエネス機の両腕と頭部を狙って2回、3回と突きを繰り出す。それをエネスは小刻みに動いて回避すると、左腕の損傷によって使用できないビームサーベルの代わりに、右手のビームライフルを近距離で放った。ビームピストルを持った右腕を交叉法で狙っていたのだ。
「だぁぁぁぁぁぁぁ!」
ショールのリックディアスもその白い右腕をビームによって吹き飛ばされ、片方のビームピストルが使用不能になった。そして、両機はお互いに再び距離をとった。ショールはその空いた時間に呼吸を整える。このままではエネスに勝てない・・・ショールは考えを巡らせ、ここは思い切って自分の直感というモノを頼りにしてみることにした。どのみち根本にある操縦技術はエネスの方が圧倒的に上なのである。そして、肝を据えた。
「はっ・・・はっ・・・・・・・・はっ・・・・・・・・・はっ・・・・・・・」
「・・・・・・・」
「・・・・・・」
「・・・・・・」
「!!」
「!!」
ショールの呼吸が静かになり、それと同時に両機はスラスターを全開にして前進した。これが最後の一撃になる、ショールもエネスもそう感じていた。
フランベルジュ隊は、アーガマを初めとするMS隊とティターンズの艦隊が戦闘を行っている宙域に辿り着いていた。
「戦況は良くない!?ここぞとばかりにMSを出して!」
ナリアはマチスとアルツールのネモを引き連れて、MSの戦闘が激しき繰り広げられている宙域に突進していった。こちらは最初から出せる分だけの戦力を出してきたが、ティターンズは一部のモビルスーツを温存していたらしく、次々出てくる増援に言いようのない焦燥感をナリアは覚えていた。
「MSは囮かも知れない、任務は殲滅だけど、戦艦の動きには留意だよ!」
ナリアの無線はまだ、マチス達のMSにも届くような距離であった。すぐさま返事が返ってくる。
「よし、右に膠着している所がある、後ろから叩く!」
ナリアは自機の右方向に、それぞれ3機のMS同士が戦闘をしている場所を向いて、指示を出した。少し動揺していたナリアであったが、ログナーに見込まれた全体を見渡す戦術眼は衰えてはいない。既にナリア達の周辺は見渡す限り敵MSであったが、それらの有り余る攻撃対象の中から、まず最も楽が出来そうな宙域を選んだ。それはナリアの怠惰ではなく、膠着している戦場を挟撃することによって開放することで、戦況を効率よく進めていく事を志向したからである。右方向に進んでいくと、ティターンズのMSマラサイとハイザック2機が、ネモ3機と対峙していた。
「ほら!余所見をしてると死ぬんだよ!」
ナリアは、リックディアスに残された右手のビームピストルを、1発だけ放った。ハイザックの真後ろからの狙撃で、ハイザックは自分の置かれた状況も理解できずに、爆砕した。
「いわんこっちゃない!マチス、さっさと殺りな!」
マチスが回避運動をしながらのマニュアル通りの攻撃をしたので、ナリアは苛立った。こう言うときは一気にごり押しするものだ。マチスは決して無能なパイロットではない。ただ、こういったあまり経験しないであろうシチュエーションに弱いのがマチスの欠点だと、ナリアは思い知っていた。こればかりは実戦を積んで経験するしかない。アルツールはネモを接近させながらも、ビームライフルをどんどん連射していった。そのアルツールの容赦のない攻撃で、ハイザックは撃破された。残りはマラサイの隊長機だけである。
ナリア達フランベルジュ隊がエウーゴ本隊の援護に向かった直後、そのナリア達がいた宙域にファクターとレイのリックディアスが到着した。ファクター達には、フランベルジュ隊が右方向に向かったのを確認できるほどのタイミングだった。
「フランベルジュは右、本艦隊にMSが接近している、艦隊の直掩にまわるぞ!本隊を心おきなく行かせてやれ!」
「了解!」
ファクターのクレイモアモビルスーツ隊長たる所以は、守勢であってもその守備行動が攻撃的であるところだ。自分の行動を常にアグレッシブな位置に持っていくことで、全体のイニシアティヴ(主導権)を握れるように指揮をする手腕は、一流であると言える。操縦技術こそショールほど洗練されたモノではないが、他の誰にも持ち得ない指揮官としての力量を持っているのが、ロイス・ファクターという男である。そして、そのファクターはエウーゴの旗艦を守るにも、攻撃的なスタンスを崩さないようにしていた。
ファクターとレイは、味方MS隊の後方に控えるアーガマの姿を見て、その方向へと機体を流し始めた。元々の数で言えば、ティターンズの艦隊の方がアーガマ隊よりも多い。如何にアーガマ隊でも、限られた時間と数の両面を一挙にクリアして作戦行動を行うことは出来ない。アーガマに接近するMSを撃ち漏らすのは、仕方のないことだった。ファクターは、後衛にあるアーガマや他の艦艇が強襲されることで、味方の戦線が後退してしまう可能性を考慮していたのである。ここからアーガマの位置にまで数分と無かったが、当然ながら、アーガマの方向に向かおうとしていた、ファクター達が追うMSとは別のMSに捕捉されてしまった。マシンガンがレイ機の左から襲いかかる。
「なんだ!」
敵MSにロックされたことをコックピットシステムが教えてくれたので、レイは機体を咄嗟に上昇させて、そのマシンガンの攻撃を回避した。ハイザック3機が、ファクター達に向かってきたのである。
「これでは追いつけないか?」
「大尉、行って下さい、!」
襲ってきたMSの方向に機体を向けていたファクターに向かって、レイの無線が入る。
「バカ言うんじゃねぇ!1機で何が出来る!」
「2機とも追いつけないのはもっとナンセンスです!」
「・・・・ち、頑固なヤロウだ!無理はするなよ!」
「了ぅぅ解ッ!」
レイは笑って見せた。ファクター機が行った後、レイは自機のビームピストルを左手に、クレイバズーカを右手に持たせた。レイはいつもの自分らしく、肝を据えて叫ぶ。
「さぁ、やるしかないぜェッ!」
鬨(とき)の声を挙げて、レイは両手の火器を連射しながらハイザックの中に突っ込んでいった。すれ違いざまにクレイバズーカの最後の一発が命中して、ハイザックは沈んだ。レイ機は前進速度を落とさずに、右回りにハイザックを狙って旋回した。いわゆる戦闘機によるドッグファイトの手法である。
「その場で止まるバァカがッ!」
レイは、クレイバズーカを捨てて、後ろのラックからもう一つのビームピストルを取りだした。そして、左手にあったビームピストルを連射する。ハイザックは通り過ぎていったレイの機体を捕捉するために、立ち止まって反転しようとしていた途中で、ビームの直撃を喰らっていた。
その直後であった。レイはふと、フォン・ブラウンの方向を向いた。ティターンズの艦隊がいよいよフォン・ブラウン市のすぐそこまで接近していたのが見えたが、何か一部だけ、怪しい動きをする影を見つけた。レイのめざとさに見つかった「それ」は赤く、巨大な影だった。
「なんだ・・・・・・あの戦艦!?」
「左舷から敵MS2機、来ます!」
アーガマのオペレータである、トーレスの悲鳴がブリッジに上がる。
「なんだと?索敵班、何を見ていた!対空砲火で迎撃!ここでMSを呼び戻す訳にはいかん!もたせろ!」
艦長であるブライト・ノア大佐は、自分の狼狽を隠すかのように怒声を張った。ハイザック2機がマシンガンを斉射しながら、アーガマのブリッジ前を通過していく。その直後を、1機のリックディアスが追っていった。
「どこのリックディアスだ!?」
リックディアスは確かにエウーゴでそれなりの数が量産されていたが、乗ることが出きるのは小隊長あるいは中隊長クラスのパイロットである。ブライトは、この宙域に指揮官クラスのパイロットがいることに、少しとまどっていた。アーガマ麾下のリックディアスではないことは、ハッキリと判る。
「そこのリックディアス、ここはいい!フォン・ブラウンを守れ!」
キャプテンシートに座り直して、ブライトはインターカムでリックディアスに呼びかけたが、応答はなかった。ブライトの本音では、アーガマがほとんど無傷ですんだことに安堵していた部分もあったので、これ以上は言わなかった。
「艦隊はやれせねぇ!」
ファクターは、全力で機体を進め、アーガマの直前でハイザック隊に追いついていた。アーガマにはほとんど護衛用のMSが配置されておらず、エウーゴの不利を如実に表していた。射程距離内に敵MSが入った後、ハイザックの後ろからクレイバズーカを全弾放った。2機のハイザックは、その凄まじいほどの攻撃を全て直撃されていた。
「2機を一瞬で・・・ひょっとして、アレがクレイモアという部隊なのか・・・」
ブリッジ側面のモニタでその戦闘の様子を見ていたブライトは、呻いた。あらゆる種類の任務を単独で、迅速かつ確実に行えるように、エースパイロットを中心に少数精鋭の遊撃部隊が作られていた事は、ブライトは聞いたことがあった。しかし、正規の任務を行う旗艦アーガマに対して、クレイモアは正規の任務の援護などが主任務であるので、実際に見るのは初めてであったし、これ以後彼らを見ることはないかも知れなかった。
アーガマらの艦艇が無事であったことがエウーゴの戦線の後退を防いでいたが、アーガマはフォン・ブラウンへの進路を取っていた。なんとしてもフォン・ブラウンを守るという意思の表れであっただろう。そのアーガマに相対速度をあわせ、エウーゴの戦線の前進についていった。そして、ファクターは、アーガマの向かう先を見た。そして、一艦だけ突出した動きがあるのを・・・
「なんだ・・・・・・あの戦艦!?」
「・・・・・・!」
「ショーォォォル!」
ビームライフルを構えたマラサイに向かって、最期の一撃に賭ける覚悟を決めたショールのリックディアスは全速で突っ込んでいったが、ビームサーベルのないマラサイはビームライフルでそれを狙撃した。ショールはそのタイミングを見計らって自機を右斜め前に移動させ、その狙撃をかわした。ショールの前進速度とその攻撃に対する読みは、エネスの予想を超えていた。
「な!」
エネスが左前方のリックディアスに気付いた頃には、既にリックディアスはビームサーベルを振りかぶっていた。そして、真一文字にマラサイの右の下方からから斜め上にに振り抜いていく。
「・・・・・・!」
「く・・・・・」
ショールのリックディアスが放った剣撃はエネス機の右腕と胴体部分の右の一部、そして頭部を切断していた。エネス機の各所から小さなスパークが発生している。エネスは自分の計算高くなりきれない部分と言うモノを感じながら舌打ちした。エネスは士官学校時代から、ショールという男に中にあるこういった予想外の動きをこそ、最も恐れていた。
「クラック、オレを回収しろ!!」
自機の命運が尽きた事を知覚したエネスは、自機から少し離れたクラック機に向かって通信を送った。
「大尉!」
ややミノフスキー粒子の影響を受けたものの、その音声は何とか聞き取ることが出来た。クラックがエネス機に向かって前進し始めた頃、エネスはコンソールを操作して脱出ポッドを射出させた。
「エネェェェス!」
ショールは残っていた左腕の指の付け根からトリモチを射出して、エネスの乗る脱出ポッドに命中させ、そしてそれを捕まえた。
「放せ!」
「放さない!」
「オレはまだ戻らなきゃならないんだ!」
「お前が戻るのはオレの処だ!」
ショールの本心である。この言葉を言う時を、ショールは何年待っていたであろうか。エネスと戦わなくて済む上に、自分の味方に引き込めるならば、これ以上望むことはない。リックディアスと脱出ポッドが接触したため、その会話は鮮明だった。クラックはファクター達から受けた攻撃の影響で、動作が遅れてしまった事を悔やんだ。
「アイツに負けた上に大尉まで回収できなかったなんて!」
クラックはエネスをパイロットとして純粋に尊敬していた部分があった事は確かなので、その悔しさは確かなモノであった。自分が強くなるには、もっとエネスという良いパイロットの元で学ぶべき事が沢山あったと、今更ながらに自覚した。クラックは負けず嫌いで、士官学校卒業直後に暴力事件を起こして降格されるような男であったが、決して自分が強いと思っているわけではない。そう言う過剰な自意識を持っていないことは、パイロットとしては得難い資質であった。
「大尉は必ずまた俺の前に現れる・・・・」
クラックは悔しさに歯ぎしりをたてながら、ラファエル達に後退を指示した。
クラック達のマラサイが後退する動きを見せて、ショールは自機を味方が向かっているはずのフォン・ブラウンへと向けた。モニタの映像を拡大させていく。
「・・・・・なんだ、あの戦艦?」
「戦艦だと?」
エネスはそのショールの独り言を聞いて、自分の目もそれと同じ方向に向けさせた。
「赤い戦艦・・・・ドゴス・ギアがモビルスーツ隊ごと降下しただと?・・・シロッコめ・・・」
艦形を認識したエネスは、思わず叫んだ。当初の作戦予定には無い行動だったからだ。その間にもドゴス・ギアは敵味方のMSを全く無視して進み、フォン・ブラウンへと降下していく。その後通信が入ってきた。
「我々はフォン・ブラウン市に着陸した。そちらが攻撃をやめ、停戦を受け入れない場合は、この都市を全面破壊する!」
その通信はドゴス・ギアから発せられたもので、エウーゴの旗艦アーガマを始め、他の艦艇や付近のMSにまで届いていた。その数分後、フォン・ブラウン市はドゴス・ギアに向かってその港を解放していた。
その一連の成り行きを見守っていたログナーは、自分たちの行動の遅さを呪わずにはいられなかった。エウーゴはこの戦いで敗北したのだ。しかし、それほど悲観的でもなかった。ログナーは作戦開始前から、この作戦が失敗する可能性を十分に予想していたからだ。
「グラナダからの増援と合流する。モビルスーツ隊帰還後に後退するぞ。後退信号をあげろ!」
ログナーはブリッジクルーにそう指示して、腕組みした。そして、モビルスーツ隊への撤退信号を示す信号弾が、ティルヴィングから打ち上げられた。ティルヴィングからの撤退信号が上がった頃には、既にエウーゴのほとんどの部隊が後退を開始していた。戦線がかなり縮小されているのを確認したファクター、レイ、ナリア達クレイモアMS隊の面々は、このまま同じ宙域に居座ることの危険さを感じ、途中で合流してティルヴィングへの帰艦のコースを取った。
その撤退信号を受け、ショールもエネスも互いに言葉を発することなく、後退を始めていたティルヴィングへと自機を向け、レイ達より先に帰艦した。モビルスーツデッキでは既にモビルスーツ隊の帰艦に備えてメカニックが右往左往していた。その中にショールのリックディアスが入ってきたのを見たエリナは、そのリックディアスの有様を見て、まず驚いた。リックディアスがデッキ内の定位置につくと、エリナは床を蹴りながら月の6分の1Gの重力に逆らって跳躍した。向かう先はリックディアス頭部のコックピットハッチである。
「ショール、開けなさい!大丈夫?」
エリナはハッチ越しに声を挙げる。その口調は心配を少し浮き出させていた。エリナが知る限り、エウーゴのパイロットとしてのショールが自機をここまで破損させて帰艦してきたことは未だかつて無かった。ショールが片腕を亡くすような戦いであったと言うことは、その戦いはかなりな相手だったに違いないと思わされる。すぐにハッチが開いた。
「心配ない。左手に土産があるんだ。とりあえず補修を頼む。次の作戦があるんだろう?」
ショールは空気のあるデッキ内でヘルメットを脱ぎ、いつものように髪を束ねる。それだけを言ってエリナに軽くキスをすると、ショールはそのまま自機の左手に向かって機体を蹴った。
「よし、死に装束の右腕を修理するんだ!システムチェックは後で私がやる!他のモビルスーツも帰艦次第損傷をチェック、そっちは任せる!」
他のメカマン達にそう指示して、エリナもショールの後に従っていった。ショール達が死に装束の左手に取り付いた頃に、ファクター機を始めとするモビルスーツ隊がデッキ内に入ってきていた。レイは右腕を損傷しながらも無事に帰艦していた死に装束を見て、安堵した。エネス・リィプスという男に勝利したのだと判ったからだ。自機をデッキに固定すると、死に装束に残った左腕にショールがいるのに気付いて、いつもと違う雰囲気を察して急いでコックピットを出た。
「久しぶりだな、エネス」
死に装束の左手に握られていた脱出ポッドのハッチを外部入力コンソールを操作して開いて、ショールは第一声をその中の紺色のパイロットスーツに投げかけた。
「もう3年だな。貴様、こんな処に連れてきて、オレに何をさせたい?」
エネスやはり冷静に、言った。こういう冷静なところは何も変わってないな・・・ショールは少し嬉しかった。
「そうだな、さっきも言ったけど俺と一緒に戦って貰う。ティターンズを駆逐して、オレ達の行動を連邦に認めさせるんだ。その後連邦を変えていけばいい。所属が変わるだけで、やることは同じさ。」
「言いたいことは分かるし、オレ自身ティターンズで出来ることの限界を思い知ったところだ。それは良いんだが、その前にやっておくことがある。」
エネスがすんなり聞き入れたことに一番驚いたのはショール自身である。今までさんざん口げんかをしながらモビルスーツで戦ってきたのに、今回に限ってエネスはいつもと違う雰囲気を持っていた。エネスのこんな沈んだ表情を、親友であるショールもエリナも、見たことがなかった。ティターンズでエネスなりに色々あったんだろうと思っていた。エネスにしても、ティルヴィングに連れてこられるまでの間に、仮にグリプスに帰ったとしても、自分だけでは今のティターンズをどうにか出来そうにもないと、覚悟を決めていた。こうなることは、モートン少佐が拘束された時点で決まっていたのかも知れない、エネスは今になって思う。
「イーリスのこと?」
エリナはショールの背後から顔だけを出して、敢えて明るくエネスに話しかけた。エネスはそれまでエリナがいることに気付かなかった。
「エリナか!?・・・・そうだ、まだグリプスにいるはずだ。今のままではオレは戦えない。」
「それなら心配はないさ。後で会うと良い。」
後ろを向いて右手だけを挙げながら、ショールは何気なく言った。エネスは耳を疑った。
「!・・・どういうことだ?」
「とりあえず艦長に挨拶しておくんだな。」
「・・・あとで説明をして貰うぞ」
「あぁ、いくらでもな。」
「じゃ、後でね、エネス」
ショールはデッキのに上部に上がり、エリナはデッキ内に降りていった。エリナの方はチーフメカニックとしての仕事を全うするため、ショ−ルは艦長に連絡を取るためにそれぞれエネスから離れていった。エネスは一人、無言でシートにたたずんでいた。エネス自身は、ショールと行動すべきだという心中の誘惑に耐えられそうもなかった。やはり、ショールは自分にとってかけがえのない親友なのだ。自分の理想は頓挫しそうだが、ショールの理想はせめて助けてやりたい。自分の居場所がティターンズにないことを悟っていたエネスの心境は、複雑だった。
第17章 完 TOP