第21章 エネス、出撃(後 編)

 宇宙世紀0087年8月24日、ティターンズはサイド4のコロニーを徴収して、グラナダへ落下させるべく移送を開始した。それを阻止すべく、旗艦アーガマより先行してクレイモア隊が独自の判断で出撃した。ティルヴィングがコロニー手前およそ85km地点の宙域に到着したとき、コロニー周辺の哨戒をしていたニューデリーと出くわすこととなった。クレイモアの行くところにニューデリーあり、ジンクスにならないことをショール・ハーバインは祈っていた。

「マラサイが来た!?」
 ナリアは自機をマラサイの方向へ向けて、まずは周辺の敵の状況を把握しようとした。3機のマラサイは密集しながら接近してきていたが、ナリア機に先制のビームライフルによる射撃を行った瞬間に、散開した。ただの威嚇攻撃であることを悟っていたナリアは、その攻撃を回避した後散開した敵の中央に位置するラファエル機を見据えて、ビームピストルを2度撃った。
 ラファエル機は防衛MSを引きつけるための囮であった。クラックとアーリントンは陣形を左右に開いてティルヴィングを挟み込むように接近した。自分に攻撃してくることが予定通りであったかのように、ラファエル機は前進しながらティルヴィング右側への水平移動で、ナリアの攻撃をかわした。
「散開している敵にあわせるな!お前らは右のマラサイを、私は真ん中をやる!」
 ナリアは他の2機がティルヴィングを挟撃しようと展開していることに気付いて、マチスとアルツールに指示を出した。クラックのマラサイがノーマークになるが、マチスやアルツールそれぞれを引き離すことは得策ではないと思えた。戦力拡散の愚は犯したくない。
 出撃前に、クラックはラファエルに機体の防御姿勢を崩さないように指示していた。力量に明らかな差がある以上、中途半端な操縦は命取りになる。人を捨てゴマに使うな、それはエネスから教えられたことである。そのクラックの指示を守り、ラファエルのマラサイは、ナリアのリックディアスや他のネモにも積極的な攻撃はしてこなかった。次の瞬間、ティルヴィングの左右にあるカタパルトから、ファクターとショールのリックディアスが射出された。

 ショールは自機がティルヴィングから射出された瞬間、真ん中と左右に位置しているマラサイの姿を確認できたが、構わず前進した。ファクターもそれに続いていく。そして、レイ機も続いて射出された。マラサイの包囲網は、すぐに突破できた。マラサイが自分たちを相手にしなかったからだ。その直後、レイ機と合流してエストック隊は編隊を組んだ。

「敵艦からMSの発進を確認、数は6!」
 バーザムのコックピットで待機していたフェリスはその報告を聞いて、更に次の報告を待った。
「うち3機がこちらに向かってきています!」
「こちら?コロニーへだろう。私も出るぞ!ニューデリーは最大船速!敵艦に突っ込む!」
 フェリスのバーザムは、カタパルトに接続していた。

 一方、ティルヴィングのブリッジも騒然を極めていた。
「右側から敵艦が全速で向かってきます、距離2800!」
「サミエル、左に20度、急げ!」 
「了解!」
「ローレンス、フランベルジュに敵艦を撃ち落とさせろ!」
「了解、ナリア中尉、敵艦が向かってきます!撃ち落として下さい!」
 ナリア機はティルヴィングから近い距離に位置して、ラファエル機に攻撃を仕掛けていた最中だった。
「くッ・・・無茶言ってくれちゃうよ!マチス、こいつの相手をしておけ!」
 アーリントン機に格闘戦を仕掛けていたアルツール機を援護していたマチスに通信を送ると、すぐに返事が返ってきた。
「了解ッ!」
 マチスがアーリントン機付近から離脱する際に、アルツール機が間合いを取ったタイミングを見計らって、マラサイに向けてビームライフルを2発発射した。
「しまった、アァッ!」
 マチスの放ったビームライフルはマラサイのコックピットを直撃して、アーリントンの身体はビームの直撃を受けて蒸発していた。

 ショール達はティルヴィングから約2km地点を全速で進んでいたが、前方の異変にレイが気付いた。
「大尉、敵艦が前方に!」
「チィィィッ!フランベルジュはMSで精一杯だ!」
「・・・・」
 敵の防衛戦力は未知数、このままティルヴィングを放って置くにはリスクが大きすぎる、ショールは迷った。
「オレとレイは敵艦を攻撃する!」
「しかしッ!」
「ティルヴィングが落とされるとオレ達は何もできなくなる!ここでオレ達が失敗してもアーガマ隊がいるし、防衛戦力を少しでも削いでおけばそれだけでアーガマの支援になる、ショールは先に行け!」
「・・・了解!」
「レイ、早速片付けるぞ!」
「了ォッ解ィ!」
 ファクター機がニューデリーに取り付いて、まずは砲台を潰すことを始めていた。レイもそれに続こうとする。そこへニューデリーから1機のMSが、レイ機に向かって飛んできた。フェリスのバーザムである。バーザムが放ったビームは、レイのリックディアスの右側をかすめていく。
「こんな距離から正確な射撃、しかもデータにない新型!?」
 レイ機が怯んだ隙に、フェリスのバーザムは機体をファクター機へと向けた。ファクターも無論、その存在に気付いていた。
「・・・やるな、こいつ・・・艦に近づけさせねぇ気だな!ち、もうティルヴィングが近いじゃねぇか!」
 かなりの速度を出している艦と相対速度をあわせての平行追撃を行っていたので、ファクター達はニューデリーと共にティルヴィング手前1kmほどの宙域にまで戻ってしまっていたが、そのティルヴィングは既に左への回避コースを取っていたが、ニューデリーとの衝突は避けられない状態であった。
「くそ、間に合わねぇ!」
 ファクターは舌打ちした後、フェリス機の攻撃を何とかかわしながら、ティルヴィングの方へ見やった。そのフェリス機の右後方から、レイがビームピストルを放つ。
「隙をつくなら!」
 フェリスは叫んで急上昇した後、方向をレイ機へと向けてビームライフルを正確に連射した。ビームはレイ機の右腕をかすめて、装甲版が剥がれた。
「なぁんてMSだ、くっそぉぉッ!」
 レイ機はやむなく、ファクター機と共にニューデリーを離脱した。

 時を同じくして、ティルヴィングの左側から攻撃を仕掛けて対空砲座を潰していたクラックは、ティルヴィングが自機の方向へ向きを変えたのを見て、それにあわせてティルヴィングの左側へ回り込んだ。
「よくもアーリントンを殺ってくれた!」
 射撃、そして爆発・・・
「左舷メガ粒子砲大破!このままでは左右から潰されます!」
 ミカの報告は半分が悲鳴だ。更にニューデリーにまだ残っていた砲座からの射撃で、ティルヴィングの右船体もが次々と傷ついていった。ニューデリーの接近は、ティルヴィングのブリッジからでも肉眼で確認できるほどに近かった。
「左への回避行動を維持しつつ、全員衝撃に備えよ!」
 ログナーが叫んだ。どこで計算を間違えたのだろうか?たかだかサラミス級の巡洋艦一隻に、ティルヴィングは大損害を出してしまうことになる。母艦をぶつけてまで攻撃してくるとは、全く持ってログナーの計算外であった。次の瞬間、サラミス級ニューデリーはティルヴィングに斜めから突き刺さる形で衝突した。激しい揺れが数秒間続き、それが収まるとログナーは周りの状況を確認しつつも、アルドラに被害報告を聞いた。正面衝突ではないから、お互いの艦艇は致命傷とはならなかったが、なけなしの母艦であるティルヴィングの価値を考えると、ログナーの下すべき命令は一つしかなかった。


 エネスは自分のいる艦の揺れ方で、ティルヴィングの不利を悟った。
「艦ごとぶつけてくるなど、それなりの覚悟があるか、よほどのバカかだな・・・」
 そう言う指揮官を内心見上げたモノだと思っていたが、そう感心してばかりはいられない状況にあることも解っていた。そして、エネスは身体をデッキ隅にある予備機のネモへと向けていた。エネスは自分がわざわざ出ることもないと考えてはいたが、艦が損傷している上に敵戦力はまだ健在だ。撤退をするにも、その行動は困難を極めるかも知れない・・・その想いがエネスを揺り動かしていた。

 ティルヴィングから、黄色の信号弾が何発も上がった。この信号は、エストック隊やフランベルジュ、そしてティルヴィングよりも2kmほどを先行しているショールなど出撃しているメンバー全員に向けての撤退信号であった。ショールが見落とさないように、信号弾は5発も上がった。そのおかげでショールは、その信号弾を確認していた。
「撤退の信号弾・・・何かあったのね・・・・」
 座席の後部に立っていたエリナはため息をついて、一言言った。
「戻ろう・・・」
 ショールはためらわずに、撤退を開始した。幸ながらも、ショール機周辺に敵機はなかった。コロニーまでおよそ70km、この先に防衛戦がどのくらいあるのかと考えると、自然とその足も鈍っていた。せめてエストック隊が追いつくまでは、と最大の速度で飛行する事に抵抗があった。
「今度はティルヴィングの撤退の支援が必要かも知れない、急ごう!」
 ショールは自機を振り向かせた後、スロットルを全開にした。

「信号弾、撤退しようってのか!」
 クラックはその信号の意味を知っていたわけではないが、戦況を考えれば容易に察しがついた。自分の任務は敵艦の撤退を促すことだったので、その目的は達成されたことになる。それでもクラックは引かなかった。なるべく損害を与えようと攻撃を続行していたが、ティルヴィングが回頭せずにそのまま後退していったので、深追いは出来ないと判断していた。ティルヴィングはクラック機からだけではなく、ファクター機やナリア機から見ても、その損傷の度合いは酷いものであると分かった。左舷はクラック機の攻撃で所々が破損し、右舷はニューデリーとの衝突で原形をとどめていない上に、まだニューデリーはティルヴィングに引っかかった形で引きずられていた。
 これでまだ弾幕を張っていられるのは、奇跡的と言えるかも知れない。そのティルヴィングが後退を始めてすぐ、ファクターはレイにフランベルジュと共に艦の後退を支援するよう指示を出していた。
「後退までの時間を稼ぐ、敵艦をひっぺがすから、お前は新型を!」
 ファクターがレイへの命令に付け足した後、ニューデリーとティルヴィングが接触したままになっている箇所へと機体を向けた。
「了ォッ解・・・ってーか、厄介だぜぇッ・・・」
 レイは意識をニューデリーに向けた。艦を攻撃している間に、さっきの新型は必ず邪魔してくる。あとは来るかどうかではなく、どこから現れるかが問題だった。
「オラァッ、クソッタレが!」
 クレイバズーカの残弾を全て撃ち尽くすつもりで、ファクターはトリガーを連続で引いた。艦艇の艦首部分というのは当然ながら丈夫に出来ている。ファクターは苛立っていた。
「来たッ!?」
 レイは叫んだ。ニューデリーの影から、ファクター機に向かって迂回しながら距離を詰めようとしていた。めざといレイがそれを見つけると、ファクターの邪魔をさせないように新型機の方向へと回り込んだ。
「ニューデリーはバーニアを噴かして離れろ!相手の撤退に合わせるんだ!」
 ニュ−デリーの後方から回り込む際に、フェリスがバーザムのコックピットから怒鳴りつけた。バーザムがニューデリーのブリッジ横を通過しようとしたときに、ニューデリーがバーニアを噴かしてティルヴィングから離れようとしているのが判った。
「あとは時間を稼ぐっ!」
 フェリスは、相手はニューデリーを撃沈しようとしているのだと思っていた。だから、フェリスは艦首部分に攻撃を加えているリックディアスを引き剥がそうと判断していた。だが、フェリス機のモニタには、そのファクターのリックディアスだけではなく、右から別のリックディアスが接近しようとしているのが映っていた。どっちを叩くか?フェリスは一瞬考えた。距離的に近いのは右のリックディアス、攻撃すべきは艦首部分のリックディアス、どちらも邪魔だ。
「邪魔するなら容赦なく叩く、それが私のやり方だ!」
 フェリスは機体を右へと向けて、ビームライフルを構えた。(そして、ソイツを片付けて残りも頂くのもな・・・)心の中で付け加えながら、すかさずビームライフルを連射した。連射と言っても、その射撃は正確だった。避けなければ直撃であろう攻撃が3発、反撃の意識を捨てて、レイのリックディアスは上昇した。
「避けるかッ!」
「まだまだだぜぇッ!」
 レイは前進しながら上昇した分を詰めて、機体を下降させて突進した。ビームサーベルを左手に持たせ、右手のビームピストルを無照準で乱射した。照準を定めなかったのは、特に理由はない。言うなれば、それだけの時間的余裕を許してくれなかった事が大きい。このパイロット・・・射撃だけならショールより巧いぞ!レイは誰に言うのでもなく心の中で漏らした。無照準だったからこそであったのだろうか、フェリスはこの数に任せたビーム攻撃に対しては慎重だった。
「うだうだやってんのは終わりにするッ!」
 時間が無いというのに、お互い反撃らしい反撃をしない消極的な戦闘に業を煮やしたフェリスは、間合いを詰めようとしていたレイ機に合わせて後退しながらもビームライフルを放つ。サーベルを抜いているMSを近づけさせないように間合いを取るのは、当然の戦法である。
「なにィッ!」
 しかしデタラメに撃ちまくったからであろうか、当たらないと踏んでいたレイの攻撃はフェリス機の右足にヒットして、右膝から下が吹っ飛んだ。
「っしゃぁッ!」
 レイは思わず喝采を上げた。フェリスも一瞬驚きはしたが、その後の判断は自分でも意外と思えるほどに冷静だった。その時になって初めて、ニューデリーがティルヴィングから離れようとしているのを発見できたからだ。
「くッ・・・ニューデリー、離れたな?全速で後退しろ!」

 時を同じくして、ティルヴィングの護衛を行っていたフランベルジュ隊は、まだニューデリーMS隊を退けられずに苦戦していた。ティルヴィング真ん中右の宙域でアーリントン機を葬った後、アルツールは愛機であるネモをティルヴィングへと向けていた。
「こう防御に徹されては・・・・厄介な!」
 クラック機の迎撃へ向かったナリアからラファエル機のことを託されたマチスは、自分の未熟さを呪った。実際にはマチスの未熟さ故の苦戦ではなく、ラファエルのパイロットとしての腕が思いの外良かったのであったが、マチスには知りようもない。ビームライフルを2発放ったが、いずれも間合いを取られて回避される。
「く・・・・注意すべきはリックディアスだけだと聞いていけど!」
 ラファエルの方こそ、マチスの攻撃に対しては回避行動に専念するしかなかった。やむなく間合いを取って、射撃による攻撃をかわす事にしなければならなかったのだ。敵のいるらしき場所が光ると、同時に回避行動に入る。これは宇宙空間による戦闘では、ビームライフルの発射の瞬間が分かり易い上に、ネモのパイロットはまだ射撃のタイミングが甘い。間合いさえ取っていれば回避できる。そのラファエル機のすぐ左からビーム襲いかかってきて、ラファエルのマラサイの左腕が破壊された。アルツール機が通りかかったのである。
「2体1!?」
 予想外の攻撃に、ラファエルも狼狽した。無理なら後退しろ、ラファエルはクラックからそう言われている。敵艦の撤退は始まっている・・・これ以上の交戦は無意味だと判断したラファエルは、青い信号弾をクラック機の方向へ向けて発射した。

 ティルヴィングを左舷から攻撃していたクラックは、ティルヴィングから撤退信号が上がって少ししてから、ナリア機の攻撃を受けた。クラック機の左からバズーカの弾丸が1発だけ向かってくる。
「頃合いなんだが・・・突破して後退するか・・・」
 クラックは引き上げ時だと思った。ニューデリーもようやくティルヴィングから離れようとしているらしく、ラファエル機も戦線から離脱し始めている。深追いは禁物だろう。
「なめんなよっ!」
 ナリアは更にクレイバズーカを、クラックのマラサイに向けて発射した。弾速の遅いバズーカは、元々MS戦に便利なようには出来ていない。不意打ちや距離の短い間合いでなければ、回避しやすい武器なのだ。ナリアとてそれは十分に承知していた。クラックと同じく、今のナリアは敵を撤退に追い込むことが目的だ。威嚇としても十分であるはずだった。
「突破だ!」
 マラサイは左手にビームサーベルを抜いて、頭部バルカン砲を連射しながらナリア機の方へと向かってきた。
「あのマラサイは・・・・クラック!」
 予備機のネモのコックピットで周りの戦況を確認していたエネスは、クラック機らしき機体を確認すると、躊躇していた自分の気分を取り払った。
「艦長、エネス・リィプス出るぞ!」
「え?あ、ちょっと待って下さい!」
 ミカは自分で後になって赤面するほどに、素っ頓狂な声を上げた。ログナーは何事かと聞いてきた。
「エネス大尉が発進するそうです!」
「・・・かまわん、出させろ!」
「了解!大尉、敵機は左舷にマラサイ1です!」
「了解した、リックディアスには艦の護衛をさせるように言ってくれ。エネス・リィプス、ネモで出るぞ!」
 言うと、エネスは自分の機体をカタパルトに接続せずに、デッキから直接飛び立った。数日間味わっていなかったこの機体の感覚は、エネスを高揚させた。ネモの操縦系は同じアナハイム製であるマラサイとよく似ていて、エネスに手にはすぐ馴染んだ。すぐにモニタで自分の周辺の状況を把握しようと目を配らせた。
「いた!」
 エネスは叫ぶと、自機をクラック機に向けた。代わりにナリア機がティルヴィングの方向へと下がってくる。(お手並み拝見と行こうか、エネス大尉・・・)ナリアはすれ違い様に、心の中で話しかけた。
「今更新しい機体!?」
 クラックは、自分に攻撃を仕掛けていたリックディアスが急に下がりだして、それに予感めいたモノを覚えた後モニタに映った異変を凝視した。
「クラック、下がれ!」
 エネスは教練の時のように、叫んだ。その叫びはクラック機には届かなかったであろうが、とりあえずビームライフルを3発連射する。その射撃のタイミングは的確で、クラックには馴染みのあるモノだった。
「この間合いの取り方とタイミング・・・・まさか・・・・!」
 3発のうち1発が、マラサイ右腕に装備されているシールドをかすめた。間違いない、あの人だ。クラックは確信した。来た、クラックの動悸は急激に速くなる。予想していたことであったが、いざとなると怖いモノだ。
「下がれクラック、無意味な戦闘はするな!」
「大尉!」
「この艦は敗北を認めた、深追いする必要はない!」
「・・・・・・・」
 クラックが無言であったので、エネスは更にビームライフルを照準を少しずらして威嚇射撃した。
「これでは!」
 クラックは回避するのがやっとだと思った。威嚇攻撃で、ほとんど紙一重に照準をずらしてくる。このまま長居すれば、さらに”あの”白いリックディアスが戻ってくる、そう思うとクラックは自機を後ろへ向けて、反転させた。エネスはそれを見て、攻撃を仕掛けるのをやめた。
「この戦いは両者共に敗者となったか・・・」
 エネスは後退していくクラック機を見て、一言だけ言った。

 混乱の極致にあった戦況は、その後5分後には完全に収束した。ティルヴィング、そしてニューデリーも互いに通常航行での離脱が可能なほどにまで離れ、それぞれ生き残ったMS隊も全機帰還していた。そしてログナーとフェリスはほぼ同時に命令を下した。
「よし、全艦・・・撤退!」
 互いの艦は、以後攻撃を仕掛けなかった。どちらもその余力が残っていないからだ。
ティルヴィングが撤退して40分後、クレイモア隊よりも遅れて出発した旗艦アーガマ隊がコロニーに接触し、そのコロニーのグラナダ落下だけは避けられることになった。ティルヴィングへ帰還した直後、ショールは愛機のコックピットで呟いた。
「オレ達は・・・何をやってるんだ・・・」
 エリナは何も言えなかった。今回自分たちのしたことに、いったい何の意味があったのだろうか?エリナにしてもそれは同じだった。だから、何も言わなかった。


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