第23章 ピクシー・レイヤー

 宇宙世紀0087年9月11日、補給などの準備を一通り終えたティルヴィングは、一隻でグラナダの宇宙港を出発した。目的はサイド3、24バンチの警備隊駐留基地を急襲して、事態が暴動に発展する前にそれを鎮圧するためである。しかし、その任務はエウーゴの影の部分そのものであるかも知れない・・・ショールは理由はどうあれ、スペースノイドに対して武力を行使することへの抵抗を拭い去れなかった。

 グラナダからサイド3宙域へは、およそ半日で到達できる。ティターンズの関心が月から離れたことが、ティルヴィングの航海を安全にしていた。ログナーが出発直前にブリーフィングで説明したように、今回は攻撃対象となる部隊の全容が掴めているので作戦も奇をてらわずに正攻法で遂行できると、レイは納得していた。出撃を控え、新品のエメラルドグリーンにカラーリングされた自分用のパイロットスーツを着込んでいるレイはMSデッキ横にある部屋で一人、チューブに入ったコーヒーを飲んでいた。
 この部屋は元々備品置き場だったのだが、ティルヴィングの正式配属に際する改装の時にパイロットの控え室として使用されるようになっていた。パイロット同士が戦術フォーメーションの打ち合わせなどをデッキに近いこの部屋で行えるようにしているのである。
 今は打ち合わせを終えて、この部屋にいるのはレイだけである。レイは控え室の窓の側に立ってMSデッキの情景を眺めていたが、特に何が見たいというのではなく、ただ眺めているだけだった。デッキは出撃を数時間後に控えたメカニッククルー達がMSの最終調整に右往左往していて、艦内で暇なのはパイロットだけだとレイは思った。
「ま、その分オレ達は命懸け・・・・ってね・・・」
 今の自分の気持ちを処理しかねたレイが何気なく呟いたとき、控え室のドアがスッと小さな音を立てて開いた。入室してきたのがナリアであったのは、窓ガラスに自分の後ろが映っているのですぐに判ったが、レイは振り向かなかった。窓に映るナリアは、実際にもまして文字通り透き通るように美しかった。
「あれ、どうしたんですか?」
「どうしたもこうしたもあるか・・・ブリーフィングからのお前を見ていれば判る。」
「さぁ・・・どうなんでしょうね。」
 振り向きながらレイは肩をすくめて、おどけて見せた。正直言って、レイはこの作戦が嫌だった。先程ショールやエネスと話して、更に嫌になった。まともな人間なら嫌にならない方がおかしいじゃないか、レイは心の中で舌打ちしていた。
 少なくとも自分はまともな人間の端くれだと思っていたから、ティターンズを倒すためにエウーゴに参加したのである。レイは以前出会ったジオン軍人のことを、また思い出していた。彼との出会いがレイをエウーゴに参加させたと言っても過言ではない。
「お前は打算でエウーゴを選んだのか?」
 ナリアはレイに、そう尋ねた。言われてみれば、レイはナリアに自分がエウーゴに参加したきっかけや目的を話したことはない。
「いや、オレは人間が人間らしく生きていける時代が来て欲しい、その為にはティターンズ倒さなくちゃいけない、だからエウーゴに・・・」
「なら、今はエウーゴの人間として戦うんだね。でも、今のお前の迷いは決して忘れるな・・・”今の自分”を信じろ、何かに対して疑問を持った”今の自分”の気持ちを信じろ。」
 銀色の前髪を右手で軽く掻きむしりながら、ナリアはサッパリと言った。
「”今の自分”の気持ち?」
 レイにはナリアの言っている意味が即座に理解できなかった。
「兵士は戦うことだけを考えていればいい、あとは上の連中が考えることだ・・・・昔、私の上官が言ったもんだよ。でも、それは人間としての意志とかを捨てた無責任さが言わせる言葉なんだ。そんなのは甘えだね。」
ナリアの表情は少し厳しい・・・レイは思ったが、そのナリアの表情から何かを掴もうとしていた。
「・・・1人の人間として戦えと?」
「そう・・・それを忘れない限り、お前は後悔しなくて済むんだよ。それに、今回の作戦は私も納得のいかない部分はあるけど、別に皆殺しにしろとかそう言うんじゃないしね。私はやるよ?」
「なぁるほど・・・」
 ナリアがレイを見たとき、レイの表情は飄々としたいつものそれに戻っていた。ナリアは何らかの形でレイが気持ちを切り替えることに成功したのだと、確信した。こういう切り替えの早さもまたレイの面白いところだと、ナリアは思う。
「私がお前に言ってやれることはそれだけ・・・お前のその顔が見たかったんだ・・・」
「ナリアさん・・・」
「じゃ、私は先に行くからな。」
 それだけを言って部屋を出て行こうとしたナリアの前に、レイが身体を滑らせてきた。レイは自分が何か衝動的になっていることは自覚していたが、自分が何をしようとしているのかはあまり自覚できていなかった。レイがハッキリと自分のしたことを自覚した時には、自分の唇をナリアのそれに重ねていた。
「・・・・・・・!」
 初めての経験に驚いたナリアは目をカッと開いて一瞬腕を突き出そうとしたが、すぐに目を閉じてレイに応えた。そしてレイが離れる。
「あ・・・ありがとう、いや・・・すみません・・・」
「・・・お前はこうやって何人の女を撃墜してきた?」
 レイの奇襲に顔を少し赤らめたナリアは、目を逸らしながら尋ねた。怒っているわけではなさそうだとレイは安堵したが、レイは別に後悔しているわけでもなかった。今の自分の気持ちを信じた行動には違いなかったのだから・・・
「いやぁ・・・まぁ・・・なんっていうか、”今の自分”の気持ちって事で・・・」
「・・・フン、今度は私がお前を撃墜してやるッ!」
 語尾に重ねて、ナリアはレイの首を両腕で抱きしめてから自分からそっと口唇を寄せた。レイは今まで沢山の女性と関わりを持ったが、官能的ではなく、気まぐれでもなく、しかし愛情のある本当のキスは初めてだった。自分が女性に求めてきたのはこういうモノだったかも知れないと気付いて、それに内心感動していた。

 それから1時間程が経って、ティルヴィングはサイド3の24バンチコロニーを目視できる距離にまで到達していた。出撃を知らせる警報が艦内に響き渡る。レイは愛機のコックピットからいつも通りの喧噪を真下に見据えて、白いリックディアスがカタパルトデッキに上がっていくのを見ていた。
「自分を信じる・・・あいつのように・・・か」
 ショール機が射出された後に自分の番が来たことで、呟くのをやめた。右カタパルトデッキからはフランベルジュ隊が次々に射出されていき、レイ機の後にはエネスの乗るネモが、出撃の瞬間を待っていた。エネスはエストック、フランベルジュ両小隊には属さずに、普段はティルヴィングや両小隊の援護など独自の行動をとることが許されている立場にあった。そのエネスは、自機がティルヴィングから射出された後は右に展開しているフランベルジュ、左に展開しているエストックの中間地点で自機の位置を固定して、左右のMS隊に相対速度をあわせていた。

「敵襲だと!?」
「ハッ、所属不明の艦艇からMSが7機、出てきております!」
「敵の所属が不明?バカな・・・・こんな事をするのはティターンズしかいないだろう!」
 警備隊の駐留基地内に警報が鳴り始めた。自分達の置かれた今の立場も理解できぬまま、警備隊の兵達は右往左往するだけであった。隊長であるクレメンス少佐はこの時、ただ慌てるばかりの部下達を叱りつけてMS出撃の指揮を執っていた。
「いいか、ティターンズはエリートだエリートだともてはやされているが所詮は地球人、宇宙ではこちらに地の利があると思え!我々はジオン共和国を守るために立ち上がったんだぞ!」
 この蜂起は感情にまかせてのモノではない。ジオン共和国の形だけとは言え得ることが出来た自治権を守らねばらならい為の蜂起なのだ。クレメンスは部下にそう言い聞かせて行動に出た。その結果として相手の武力制圧を招くのは、冷静な人間なら、いや正常でさえあれば容易に思いついたであろう。しかし不安は人間をどこまでも正常から遠ざける。人間に宿り続ける不安こそが、人に武器を持たせるのである。クレメンスもその不安とは無縁ではいられず、自らMSで戦うために指揮官用ゲルググのコックピットに滑り込んだ。
「チゴイネルワイゼンはどこにいるか?」
「敵MSの進路上にいます。MS隊を出して応戦させます!」
「そうしろ。我々が向かうまでにあまり攻勢には出させるな。戦線を維持・・・いや、後退しても構わん、時間を稼げ!」
 クレメンスは指示した後、コロニーの港湾ブロックから麾下のMS7機を連れて出撃した。チゴイネルワイゼンとはクレメンスの部隊に唯一配備されているムサイ改級の巡洋艦であり、ザク5機を搭載している。まともにぶつかれば数からでも、質からでも勝ち目は薄い。しかし自分たちが合流すれば数で押し切れるとクレメンスは踏んでいた。しかし、クレメンスはあらゆる意味で不幸だった。相手がティターンズではないことも、そしてエウーゴの秘匿部隊であったことも、そして数で押し切れる相手ではなかったことも・・・

 クレイモア隊麾下のMS隊7機は、ティルヴィングとコロニーを繋ぐ直線のルートをそのまま直進していた。
「大尉、左10時方向にムサイ改級!」
 編隊の最も左端に位置していたショールが、すぐ横のファクター機に無線で呼びかける。
「情報通りだな、ムサイを撃沈するぞ。フランベルジュはムサイから出て来るMSをたたき落とせ!」
 ファクターは無線で命令を発した。別に伝わらずとも、今の場合は事前に打ち合わせていたとおりに動けばそれでよかったのではあったが、全機に命令は伝わったようであった。サイド3は一年戦争では戦闘が行われていないため、ミノフスキー粒子はほとんど無い。だから少々距離が離れていても通信は可能であった。
ファクターの号令の後、エストック隊は左から、フランベルジュ隊は右から大きく回り込んでムサイに接近していた。エネスはフランベルジュに近付こうとはせず、エストック隊の後方についた。
 情報ではムサイに積載できるより多くのMSが敵の戦力にあるので、増援が向かってきている可能性は十分にあるとエネスは考えていたからであった。MSや技量の差はあっても、人は決して絶対ではあり得ない。相手の実力の優劣に関わらず常に全力を出すことは、戦いにおける初歩の初歩である。だからエネスは動かなかった。


 チゴイネルワイゼンからザクが全機発進して、ムサイを防衛するために3方に別れた。隊長機はムサイの正面に、左右に2機ずつという配置である。ファクターの予想に反して敵MSがムサイから離れようとしなかったので、やむなくMSを先に排除するように決断した。フランベルジュ隊はエストック隊に比べて大回りした分チゴイネルワイゼンへの接近は若干タイムラグがある。ファクターはそれを利用することにした。
「ショール、レイ、MSを先に排除する!ムサイはフランベルジュに攻撃させるぞ!」
「了解!」
「了解ッ!」
 同時に3機のリックディアスは散開して、ファクター機は正面の隊長機、レイは右側の2機へ、死に装束は左へと移動を開始した。最初に接敵したのはショールの死に装束であった。
「悪いが、落とさせて貰うッ!」
 クレイバズーカをマウントしてビームピストルに持ち替え、片方のザクに向かって2発射撃する。最初の射撃はザクから右に大きく外れたが、それはショールのミスではなく、左へ移動させるための布石であった。実戦経験がほとんど無いザクのパイロットは、自分が最初からショールのペースに巻き込まれたことも気付かないままに、爆砕する自機と運命を共にした。敵機の爆砕を肉眼では確認せずに、ショールはすぐさまもう一機のザクへと方向を向けて移動を開始した。
「2機か・・・っしゃぁぁッ!」
 気合いを入れ直して、レイは密集している2機のザクに向かって突進しながら、ビームを無照準で4発放つ。レイはここ数ヶ月の戦闘で、自分の戦闘パターンというモノを身につけていた。無照準で射撃しながら距離を詰めて相手の行動を制限した上で反撃を許さないように先手先手を打ち、接近戦でとどめを刺す。相手の数が自分より多いときには、戦闘におけるイニシアティヴを取ることは極めて重要であり、レイはそれを学んでいた。
 レイの射撃はいずれのザクにも命中していなかったが、その効果は十分だったとレイは確信している。レイは4回の射撃をザク2機の左右外側を交互に撃ち分けてザクの散開を防ぎ、ザク同士の距離を詰めさせた。最初のレイの射撃をそれぞれ内側に移動とすることで回避していた2機のザクは、密集隊形のサイズを更に小さくしながらもレイに対してマシンガンで反撃していたが、急激な姿勢制御の連続で機体が安定せずにマシンガンはレイ機から大きく狙いを外していた。全速力で接近しながら左手でビームサーベルを抜き放ち、右手のビームピストルを今度は右側のザクに向けて射撃した。その射撃は先程とは違って距離が近く、ビームを回避することは不可能であった。コックピットに直撃を喰らって、若いザクのパイロットは即死だった。
「ハマったッ!」
 左手に握らせていたビームサーベルを横一文字に薙ぎ払って、ザクは両断された。

 指揮官機を撃墜したファクターは、少々不愉快だった。ショールもレイも、ザクを2機ずつ撃墜している。ナリア達もエストック隊がザク隊と交戦している間に、ムサイに攻撃を開始している。経過は順調だ・・・いや、順調すぎた。どう見ても相手は熟練兵とは言い難い技量の持ち主であり、恐らく皆若いパイロットだったのだろう。一部の人間の軽挙に乗せられて若い連中が死んでいく・・・それがやりきれなかったのである。
「ん?主賓が来たかッ!」
 ファクターはムサイの向こうに見えるいくつもの光点に向かって叫んだ。
「隊長機はどこだ?」
 ファクターは接近してくるMS隊に目を向けて、それらしき機体を探した。隊長機さえ倒せば事態を迅速に収拾できるかも知れないと判断した結果だ。そして、それはすぐに見つかった。ゲルググの指揮官用機だ。隊長機と判るように頭部に角がついている。位置はムサイとコロニーの中間地点、距離としてはそれほど離れてはいない。
「ムサイはフランベルジュに任せる。オレ達は増援を叩くぞ!」
 そしてファクターはエストック隊各機に号令を出した。
「了解!!」
 ショールとレイの同時の返事を聞く前に、ファクターはムサイのブリッジ横を通過して前進していった。死に装束、レイ機の両機もそれぞれの位置から前進して、ムサイを通り過ぎた地点で合流した。

「半端な武装で何をしようってんだよ!」
 ナリアは咆哮した。その咆哮はナリアのバズーカによる連射攻撃に投影されて、次々と砲門を潰していく。マチス、アルツールはその隙にブリッジを占拠するためにブリッジへと進んでいった。
「・・・・・・・妙だな・・・」
 その後方で動きを見せていなかったエネスは、この時になって初めて動き出した。コロニーへとスラスターを噴射し始める。エネスがそれまで動かなかった理由はもう一つあった。増援の登場は予想通りのタイミングだった。エネスがより深刻に懸念していたのは、コンペイ島の駐留部隊の動きである。コンペイ島に駐留している部隊の主な任務は、ジオン共和国周辺の治安維持である。情報ではクレイモア隊がグラナダを出撃した時点で既に出撃体制が整えられたことになっているが、それにしては動きが見受けられない。本来ならティルヴィングより先にこのコロニーに到着していても不思議ではないのに、である。それがエネスには不可解だった。
 我々の動きを知って、出撃を取りやめたのか?情報では出撃体制が整った、とだけあった・・・クレイモア隊は、エウーゴの中でも最高級の幕僚クラスにしか具体的な存在が知らされていないはずである事を聞いている。その我々の動きが、なぜティターンズに判ったのだ?ショール達がクレメンスのゲルググ部隊を全滅させるその時まで、エネスは考えていた。

 クレメンス率いるゲルググ部隊は、ファクターが攻撃をせずに発する降伏勧告に対してビームライフルの射撃をその返答とした。ファクターはやむなく攻撃命令を下して、エストック隊は全面攻勢に出た。数の上での彼我の戦力差は7対3ではあったが、パイロットの練度、MSの性能、チームワークなどの総合的なスペックにおいてその戦力比は逆転した。クレメンスはショール達をティターンズと思い込んで頑強に抵抗しようとしたため、ファクター達はやむを得ず彼らを全滅させた。要した時間は2分・・・一方的な戦いであり、残った後味は悪かった。戦闘が終わった頃にエネスが合流して、4機のクレイモア隊MSはコロニーへ向かって移動を開始した。
 クレメンスの部隊が全滅した後、ナリア達フランベルジュ隊はチゴイネルワイゼンを破壊せずにブリッジを占拠する事に成功し、そのクルー達は全員武装解除の上に投降した。
「よし、これで第一段階は成功だな・・・」
 チゴイネルワイゼンの投降を受け、とりあえず全クルーをブリッジに集めたナリアは、ライフルを構えながらブリッジを見渡し、呟いた。クルーは全員で35人、ムサイを運営するには少なすぎる人数だ。このムサイから対空砲火がほとんど無かった理由が、ナリアにはここでようやく理解できた。それだけジオン共和国という国は人的、経済的、物的に貧窮しているのだろう、ナリアは同情したかった。しかも全員が20歳前後の若い兵士達で、彼らをけしかけたクレメンスは戦死しており、責任の所在は有耶無耶になりそうだった。
 それについてはナリアはため息をつくしかない。マチスは自機をブリッジのすぐ表でネモのビームライフルをブリッジに突きつけており、アルツールはナリアの隣にいる。ひとまずはティルヴィングが合流するまでは、ナリアとアルツールの2人だけでブリッジにいるクルー達を臨検しておかなければならなかった。
ファクター達はゲルググ隊を殲滅した後、ナリア達とは合流せずにそのまま24バンチコロニーの内部へと侵攻していた。当初の打ち合わせ通り駐留基地を制圧するためである。コロニーの港湾部にリックディアスが3機、隔壁をあけて入っていった。
「嵐が去った後のように、ここは静かそのものだ。」
 ショールは何か疲れた表情で、レイ漏らした。レイの表情もショールのそれと同じである。
「駐留基地の連中、抵抗してくるのかねぇ?」
 レイの問いに、エネスが変わって応える。
「無いと思いたいな。負けを悟って自爆することもできないだろう。連中は共和国のために蜂起した・・・市民を巻き添えにはしないだろう。」
「基地だ。降りる準備をしておけ。」
 そこへファクターが割り込んできた。目の前には港湾ブロックのその奥にあるMSデッキが立ち並ぶ区画へと辿り着いていた。上部に管制室があり、そこには数人の兵士が立ちすくんでいた。
「警備隊はこれで全部か?」
 ファクターがその管制室に通信を送った。即座に返事が返ってくる。
「そうだ、我々は抵抗しない。投降する!」
「了解だ。ショール、指揮を任せる。エネス大尉とレイを連れて管制室を占拠しろ。オレは念のため周辺を探索する。」
 ファクターはショールに命令して、自機を基地内部へと侵入させていった。それを見送り、ショールは2人に指示を出した。
「よし、管制室を制圧して、大尉からの連絡があり次第ティルヴィングとコンタクトを取るぞ!」
「了解だ。」
「了解了解」
 3人はリックディアスを降りて、管制室へ通じるエアロックに入っていった。

「よし、我々はエウーゴだ。動くなよ」
 管制室に先頭を切って入ったショールは、ライフルを構えながら中へと入った。エネスとレイもそれに続いて入っていく。チゴイネルワイゼンとは対照的に、だだっ広い管制室で両手を上げている15人ほどの兵士はいずれも30歳後半を越えているであろうという男性ばかりであった。いや、1人だけ違った。部屋の端っこで腕を組んで壁にもたれかかっている。20代の男性で、制服も着ていない・・・明らかに場違いだ。残りの人間の監視をレイに任せ、ショールとエネスは男に近付いた。
「お前はなんだ?悪いが軍人には見えないな。」
 ショールが男に向かって、小声で怪訝そうに言った。
「ショール・ハーバイン中尉、そちらはエネス・リィプス大尉か?噂は聞いている。」
 男は臆面もなく応えた。言い方はそんな風であったが、顔は笑っていない、至って真剣な表情であった。
「貴様はなんだと聞いているッ!」
 エネスがライフルを向けて、小声で叫んだ。
「私は『ピクシー・レイヤー』のユリアーノ・マルゼティーニ・・・お前達の敵ではないよ。」
「それを信じると本気で思うか?」
 エネスはまだライフルを構えている。
「どうかな?私達の情報に誘われるままに、お前達はここまで来た。クレイモア隊には個人的に興味があるし、またエウーゴとは別にコンタクトを取りたかったんだ。警告したいこともあったしな。」
「警告?」
「そう、警告だ。エウーゴの上層部に気をつけた方が良い。」
 男の言葉は簡潔だった。エネスは先程から持っていた疑問の解答を、このユリアーノとか言う男が知っているような気がしていた。ショールは何も言わなかった。エネスがすべき話だとショールは直感していたからである。レイにはその会話は距離が遠くて聞こえなかったが、興味ありげにしばしば横目で見るだけだった。



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