第25章 欺 瞞

 宇宙世紀0087年9月12日午後・・・任務から帰還したクレイモア隊を待ち受けていたのは、クレイモア隊の任務行動凍結の決定だった。ロレンス大佐もログナーもその通達を沈痛な面持ちで聞いていたが、エイドナ・バルス少将を始めとする幕僚会議参列者の面々の表情は、2人のそれとは異なっていた。

「結論から言おう。ロレンス大佐とその麾下にあるクレイモア隊の活動は、以後無期限凍結する事になった。」
バルス少将はモニタ越しからでも無機質さを感じさせる言い方で、ログナーに伝えた。言い方は無機質でも、この少将の表情は無機質なモノではなく、なにが演技じみたモノをログナーは感じていた。しかし、ログナーにとってはバルスの言い方や表情よりも、言ってきた内容の方が数百倍大きかった。ロレンスの方はと言えば、ログナーがこの会議室に入る前に事前に通達がなされたのであろうか、何も言わなかったものの表情は恐らく自分と同じなのだろうとログナーは思った。
「・・・少将・・・出来ましたら、理由をお聞かせ願いたいのですが。」
「いいだろう。これはエウーゴの中でも機密事項なのだが、君も何も知らぬと言うことでは寝覚めが悪いだろうからな。クレイモア隊創設の目的を憶えているかね、中佐?」
 ログナーと話す気はもともと他の幕僚達にはなかったらしく、バルスだけがログナーに視線を注いで、応えた。
「勿論です。エウーゴの数的不利を補うために、様々な性質の任務を同一の部隊に行わせ、全体の効率を上げるためでありましょう?」
「それもある。
「それも?自分はそうとだけ思っておりましたが?」
 ウソである。ログナーにもエウーゴ参謀本部に対する不信感が無かったわけではない。その不信感は今回の任務にあたり、ログナーの中で表面化したモノであった。最初から参謀本部は、我々を切って捨てるつもりだったのではないか・・・と。エウーゴの活動が本格的になり始めた当初から、エウーゴ参謀本部の幕僚達はは正規とは別の遊撃隊が欲しかったと、ログナーは聞いた覚えがあった。そこへロレンス大佐が渡りに船と言わんばかりにクレイモア隊設立案を持ち出した。誰にさせようかと皆が思っていたところへ、向こうからやらせてくれと言ってきたのだから、バルスとしては反対する理由など無かった。そうしてクレイモア隊が出来た、とログナーはロレンスからそう聞いている。
「他にもあると言うことだよ、中佐。」
「理由をお聞かせ願えますか?」
「ン・・・エウーゴはスペースノイドのための政治を掲げて活動している。我々は義によってティターンズを叩かねばならない・・・それがなければただの反乱軍だ。それでもティターンズは反乱軍・・・連中はジオン軍残党とそのまま同一視しているが・・・を討伐するという大義名分があるからこそ、連中の活動が正当化されている。」
「でしょうな。そこへ我々には正規に属さないという名目の元で、公に出来ないような作戦も行わせている・・・というわけですか?」
「そうだ。」
 ログナーは否定して欲しかったが、それはあっけなく崩されてしまった。ログナーは次に何を言っていいのか判らなかったので、バルスの次の言葉を待った。
「なにせ我々の戦力は地球連邦軍に比べて、戦力は少ない。いくら正義を掲げても、勝たなければ意味がない。君たちのような部隊があるからこそ、正規の部隊は前線で闘っていられる、違うかね?」
「そうでなければ、我々は救われませんよ。」
「しかし、クレイモア隊の任務成功率の低さは、我々も憂慮せざるを得ないな。君たちは自分が如何に重要な任務を背負ってきたのか、そういう認識が足りないようだな。先日のコロニー阻止の件など、独断で出撃した上に、たかがサラミス級一隻相手に甚大な損害を被っているではないか。」
 こういう返答はあらかじめログナーには容易に予想できた。別にログナーは参謀本部が真相を話してくれることに、期待などしていない。ログナ−が欲しているのはクレイモア隊凍結の理由を簡潔に説明してくれることであって、今更クレイモア隊の存在意義の講義を受ける必要性を感じてなどいない。ここは研修所や学校ではなく、幕僚会議である。それとも、こういう長い前置きは少将の趣味なのだろうかとすら、ログナーには思えた。
「で、再訓練なり再編成なりを行うべきではないかと?」
「その辺の対処は君の責任だろう?ならその責務をまっとうしたまえ。我々とティターンズの争いが表面化してから半年が過ぎて、戦局は段々とこちらに傾きつつある。重要な時期なのだ。その今という情勢と今の君たちへの信頼を考えると、君たちに与えた単独行動権が逆効果にならぬようにしたいのだよ、判るかね?」
「・・・・ええ、判るつもりです。」
 これもウソである。ログナーは更に続きの言葉を待った。
「エウーゴの組織戦術も半年前と比べて、随分と洗練されたモノになってきた。それをティルヴィング一隻の単独行動で乱されるとなると、我々としては躊躇せざるを得ない。」
「それならば、我々の単独行動権のみを剥奪して、正規の部隊にすればよい問題ではありませんか?何も凍結することもないでしょう?宝の持ち腐れではありませんか。」
「それこそ君に言われる筋合いのない事だ。君は我々の設定した戦略にのっとって、任務を遂行することだけを考えていればいい。これまで君たちは単独行動を続けてきた、これは他の正規部隊との連携を欠く事を意味するのではないかね?それに、幕僚会議の決定は凍結であって解散ではない。君たちの力が必要になれば、凍結を解除すると言っているのだよ。それでも不満か?」
「いえ、不満ではありません。凍結のことに関しては、理由を聞きたかっただけです。それが幕僚会議の決定であるなら従います。」
 ログナーは引き下がった。バルスの眉間に少ししわが寄ってきたのがモニタ越しに判った。
「それともう一つ確認しておきたいことがあります。」
「なんだ?」
「この凍結指令は、参謀本部の正式な通達と認識させていただいてもよろしいのでしょうか?」
「無論だ。それがどうしたのか?」
「部下達に説明せねばならないからです。いきなり凍結と言われたら、クルー達は戸惑うでしょう?」
 これ以上の議論は無駄だ・・・思ったログナーは諦めて、この会議を出来るだけ早く辞するように話題を収束に向かわせた。
「理由は今説明したことを、そのまますればいい。その辺は君に任せる。その為の指揮官だろう?」
「もっともですな。それでは、失礼させていただいてもよろしいでしょうか?」
「ああ、まぁしばらくは休みたまえ。」
「ハッ、それでは、失礼いたします。」
 敬礼して、ログナーは辞した。室内の空気はその直後、一挙に変わった。幕僚達は伸びをしたりして、リラックスし始めていた。
「いやいや、やっと帰りましたな。」
 回りの雰囲気を言葉にするとこうなるだろう、という台詞を、幕僚の1人が吐いた。それを皮切りに、他の幕僚達も口々に言葉を発し始めた。
「まぁ反抗されぬ程度に制御しておくのも、我々の仕事だからな。彼らの活動は、これまでは我々には優位に働いたが、今という情勢では汚れた部隊など邪魔でしかないからな。情報の漏洩と万が一の事態を防ぐためにも手元に残しておかねばならん。ロレンス大佐もご苦労だったな。」
「は、いささか疲れましたので、私はこの辺で失礼させていただきます。」
「ン・・・では、私もこれで失礼させて貰う。あとは当初の予定通りにな。」
 バルスは一方的に締めくくると、通信を切った。


 幕僚会議でクレイモア隊凍結の決定がログナーに通達されている頃、ショール、エリナ、レイの3人は休息許可が下りているにもかかわらず、ティルヴィングから降りずに艦内のビュッフェで休息の時間を過ごしていた。エリナは前回ショールやエネスと和食レストランへ行かなかったので、再会以来エネスとはゆっくり話もしていなかったからエネスも誘ったのだが、誘いは断られたのであった。
「しっかしまぁ・・・」
 レイがコーヒーを一気にすすり、有機プラスチックのコップが空になってから漏らした。今のティルヴィングは月の重力の恩恵を受けているので、無重力用のチューブを使う必要はない。アイリッシュ級巡洋艦は宇宙での運用を前提に作られている。それは元々試験艦であったティルヴィングも例外ではないが、月やコロニーなどの重力圏内にいるときのために、一応チュ−ブ以外の飲み物の容器はあった。温かい飲み物くらいはコップで飲ませて欲しいと思うのは、前線の兵士のわがままだろうか。ショールとエリナも、手元にそれぞれ同じモノをテーブルにおいている。
「なんだ?」
「いや、エネスってわっかんないんだよね。」
「まぁ誤解を受けやすいヤツなのは確かだ。お前がどういう誤解を持っているのかまでは判らないけどな。」
 ショールは苦笑しながら、目をいったん閉じて口の中でコーヒーを転がした。あまり美味いとは言えないが、コーヒーの香りくらいは楽しめた。
「アイツは一体何が楽しくて生きてるのか、ってことだよ。」
「楽しい?そりゃまぁ誰だってそう言うのはあるわよ。」
 それじゃまるでエネスがロボットか何かみたいじゃない、とエリナは心の中で付け加えた。
「俺は酒も女も好きだ・・・楽しいからな。ショールだってエリナと話しているのが楽しいだろ?なんかアイツはオレから見たら完璧すぎるんだよ。お勉強だって出来ただろうし、いざMSで闘ってみるとティターンズで1対1で勝てるヤツは片手で数えるほどだろう・・・なんか気にくわないな、そういうの。」
「それを劣等感だと思うか?」
 ショールは聞いてみた。
「まさか。オレは人にコンプレックスを持たないことだけが自慢でね。なんて言うのかな・・・愛想がないとかは良いんだけど、可愛くない・・・そう言う感じかな。」
「アイツはそう言うのを表に出さないだけさ。アイツの趣味、知ってるか?」
「へぇ、趣味なんてあったの?こりゃ初耳。」
 レイは本当に意外そうに言った。あまりにレイが驚いて見せたので、ショールは戸惑いながらも苦笑した。
「アイツにはオレが言ったなんて言うなよ。実はな、アイツは昔の映画を見るのが好きなんだよ。」
「映画って旧世紀の?」
「そう。今の映画は好きになれないんだそうだ、なんて言っていたっけ・・・そうそう『映像が綺麗でリアルすぎる。憧れを感じない』だったかな。士官学校時代、オレ達なんかは休みの日に付き合わされたもんさ。」
「洒落た趣味持ってんじゃないの。あのエネス大尉が『憧れ』なんてねぇ。じゃぁ暇なときなんかはリクライゼーションルームでディスクを見てる、なぁんて事に出くわすかも知れないんだな。人知れず拳銃を格好良く構えてみたりとか。」
 レイは勝手なことを言って、1人で軽く笑っていた。別にエネスを嘲笑したのではなく、レイが自分で勝手に想像したことを笑っているのだが、ショールとエリナは笑いとも戸惑いともつかない、少し複雑な表情になった。エネスには確かに仕草が映画っぽくなっているときが、実際あったからである。一時期エネスが煙草にも興味を持って、どこからか入手して一度だけ吸った。その結果、エネスは二度と煙草を吸わないことに決めたことがあった。勿論、ショールもエリナもそこまでレイに教えるつもりはなかった。
「それに、妹のイーリスがいるわ・・・このティルヴィングにね。最初、イーリスはグラナダの施設に入れられるハズだったのよ。それをエネスは艦長に頼み込んで、ここにとどまれるように取り計らったのよ。」
 エリナが説明した事は、レイには初耳だった。軍艦が訳有りとは言え民間人を乗せたまま戦争へ赴くなど、非常識だ。それなのにイーリスはフォン・ブラウンでの一件からずっとティルヴィングにいるのは何故だろうと、レイは疑問に思ったことは確かにあった。
「エウーゴという組織を信用できないか、よほどのシスコンかのどちらかだなぁ。」
 レイは正直な感想(無論後者の方は9割以上冗談ではあるが・・・)を言った。自販機へと歩いて、レイはお代わりのコーヒーを取りに行った。
「そりゃそうだろう?大事な妹を無条件で預けられるわけがないさ。」
「ま、可愛いから良いけどな。女っ気は多い方が、オレは嬉しいね。」
 椅子の背もたれに体重を載せて、上を向きながら言うレイに、ショールは少し怪訝そうに視線を送った。
「おいおい、迂闊に手を出すとエネスに殺されるぞ。ナリアさんだって・・・」
 ショールが言いかけたときだった。ビュッフェ入口にファクターとナリアが姿を現した。その瞬間レイはドキッとしたが、彼らの表情は怒りではなく焦りと言えるモノであった。ほっとして良いのか何があったと聞いて良いのか、レイは一瞬迷った。
「大変なことになった。」
 ナリアが焦り気味にショール達を見渡した後に、言った。
「どうしたんですか?まさか・・・」
 ショールは、先程まで抱いていた嫌な予感を思い出した。自然と冷や汗が出る。
「今艦長から伝えられたんだけど、クレイモア隊の活動が凍結になったそうだ。」
 ファクターが代わって説明した。ショール達は硬直した。
「解散じゃなくて凍結?どういうことだ・・・?」
 ショールは呻いて、エリナに向き直った。エリナはそれにただ黙って頷いただけだった。
「任務成功率が低いのが、お偉方には気に入らなかったらしいな。」
 ファクターはいかにも不機嫌そうだ。
「それだけで凍結とは、やり過ぎじゃないですかね?」
 ショールは食い下がった。
「エネス大尉のことがあったんじゃないの?」
 言ったのはレイである。コーヒーをすすっている。
「まさか、エネスに関する人事権は艦長に一任されたはずよ。なんで蒸し返す必要があるのよ。」
 エリナが不満そうにレイに詰め寄った。レイに言ってもしょうがないことだったが、エリナは言わずにはいられなかった。
「エネスはこのことを知ってるんですか?」
 ショールはファクターに尋ねた。
「ああ、そのエネスからお前らの居場所を聞いたんだ。じきに来るぜ。」
「エネスを待とう。こう言うことはエネスが考えた方が、結論が早くでる。アイツは詮索の名人だからな。」
 ショ−ルは座り直して、コーヒーを飲みだした。そのコーヒーはすっかり冷めていた。

 2分もしないうちに、エネスは1人でビュッフェへ到着した。
「聞いたか?」
 エネスの第一声はそれだった。
「あぁ、今な。エネスはどう思う?」
「・・・参謀本部め、情報漏洩を防ぐために解散しなかったか。飼い殺して都合のいいときに、またこき使うつもりだな。任務の成功率やオレのことなど、その口実にすぎんな。それらの口実が無くても、連中はそう言うのを作るのが巧そうだからな・・・最初からこうするつもりだったんだろう。」
 エネスは自分の考えを隠すことなく、その場にいた皆に告げた。ユリアーノから受けた忠告と合わせると、この考えは確かに辻褄があう・・・ショールは不本意ながら納得した。
「おいおい、待ってくれよ。それじゃオレ達は切り捨てるために集められたってのか?」
 ファクターはお前ほど懐疑的ではないと言いたげに、エネスの方をむいた。
「クレイモア隊の実力は、オレが一番良く知っている。切り捨てるだけにしては、この部隊は強力だ。まだ何かありそうだが、オレには判らないな。」
「・・・・・・・・・・」
 ファクターは押し黙った。
「問題は凍結された理由などではない。」
 エネスは付け加えた。
「どういうことだよ、エネスさんよ」
 レイが抗議がましく言った。
「この凍結処置が、どの様なタイミングで解かれるか、ではないか?凍結が解除されたときに、連中の思惑が判るだろうな。」
 エネスは以後、言葉を発しなかった。


第25章 完     TOP