第11章 マイン・ゴーシュ
ティルヴィングのサイド2への出撃を明日に控えた3月4日、アナハイム・エレクトロニクスのグラナダ工場の上空では、壮絶な戦闘が繰り広げられていた。その戦闘は、実に奇妙な取り合わせである。戦闘をしている2機のMSは共に白を基調としたカラーリングが施されており、両方ともこの漆黒の宇宙では極端なまでに目立った。
「この・・・じゃじゃ馬がッ!」
レイ・ニッタが罵声を浴びせずにいられなかったのは、自らの乗る機体のカラーリングが宇宙で目立つからではない。レイの乗る実験機ZplusCA2”マイン・ゴーシュ”には、それに搭載されたシステムの独自性ゆえの扱いにくさがあり、テストパイロットとして数多くの試験機を乗りこなしてきたレイにとっても、この機体はいきなり過ぎたと言って良かった。回避運動を取る度に、それが実感となって現れてくる。
「遅いぞ・・・!」
一方の白いリックディアスカスタム『死装束』のパイロットであるエネスにしても、まだ自分の機体を完全に扱えるとは言えなかった。しかし、エネスがこの機体を完全に自分のモノとするのは時間の問題であり、レイなどよりはよほど楽であると言える。すかさずビームの射撃を繰り返して、レイ機へ攻撃する。
ZplusCA2”マイン・ゴーシュ”に向けられたビームの攻撃は、今までのシミュレータで使われてきたコンピュータによって作られる擬似的なモノではない。この模擬戦には、レイ機に搭載されたIフィールドバリアのテスト運用という側面もあった。そのエネスの攻撃を錐揉み回転しながらも回避すると、レイは間をおかずに腰部ビームカノンで反撃した。こちらのビームは本物ではなく、エネス機のコンピュータとの連動で作り出される擬似的なビームだ。直撃しても被害はない。
だが、エネスにとってはその攻撃が直撃した後のことなど、心配の種にはならなかった。レイの実験機の加速はリックディアスよりも圧倒的に速かったので、まだレイ自身が機体の移動速度に適応できていない。そんな状態で攻撃を当てるのは、生半可な難しさではない。
ここでレイは、考え始めていた。どうやったらエネスに勝てるかではなく、どうやったらこのじゃじゃ馬を乗りこなせるかである。レイがまだ地球にいた頃にアメリカで体験したロデオを、思い出していた。原理は同じで、自分の乗る牛や馬がMSに変わるだけだ。要は、自分を機体にあわせて扱う事を身につければ済むことである。この機体の制御系のシステムを作ったのは自分自身ではあったが、中に入っている回避運動の基本データはショール・ハーバインのモノだ。レイがこの機体を乗りこなすには。まずはショールの回避運動のクセを掴まなければならなかった。それは容易ではない。そうこう考えている間にも、エネスのビーム攻撃は的確にレイ機への直撃を加えていたが、それらは全てIフィールドバリアによって防がれていた。どうやら部品に不備はないようだなと、レイは言い訳じみた思案を巡らせた。
「頭では解っちゃいるんだけどねぇ・・・」
かつて行われたショールとの模擬戦を思い出した。あのときに自分が気付いたのは、この機体に搭載されているシステム”グングニル”の特性である。このシステムは。死角からの攻撃の対してパイロットが無反応だった場合、システムが自動的に回避運動の初動をかける。パイロットはそのシステムが与えた”きっかけ”に反応しさえすれば、例え後ろからの攻撃でも容易に回避することができる。レイはふと気になって、操縦席のコンソールを見た。コンソール横に特設されたカウンタは、40という数字を示していた。これはIフィールドバリアの残り使用可能時間を示すモノである。
「バリアはもう使えない、あとはやるしかねぇってよ!」
レイは自機をWR(ウェーブライダー)モードに変形させると、そのままエネス機に向かって突進させていく。
「バカ、ぶつかるッ!」
レイの思いきった行動に、さしものエネスも急遽、横に回避運動を始めるしかなかった。このような速度で突進してくる機動兵器を見たことがなかったが、変形機能をこのように使うことが本来の使い方ではないことぐらい、エネスでも判った。
「そ〜う来ると思ったんだよ!」
エネス機が回避行動をとるタイミングを見計らって、レイはマイン・ゴーシュをWRモードからMSモードへと変形させ、左腕のラッチに装備されていた高出力ビームサーベルを作動させ、横に一閃した。このビームもコンピュータによって擬似的に表示されるモノである。
「けっこう速い?」
エネスにとって計算外であったのは、あくまで機体のスピードである。レイが持ち前の機動力を活かしての格闘戦に持ち込んでくることなどは、とうに判りきっていたことだった。エネスは『死装束』をすぐさま上昇させた。レイはこの機動を捕捉できず、一瞬エネスの『死装束』の移動先を見失ってしまった。
「かわされた!」
レイは舌打ちをして、すぐにモニタに敵機の位置を知らせる表示が出て来るのを待った。それを確認している1秒という時間は、エネスにとって絶好の隙になった。
「機動力を活かした格闘戦・・・まぁまぁにして、まだまだと言ったところか。だが見ていろ、これから教科書を見せてやる!」
レイ機の頭上でUターンし、逆立ちの姿勢で下降・・・マイン・ゴーシュのバックパック部をビームサーベルで攻撃した。これが擬似的なビームでなければ、レイ機のバックパックだけが綺麗に切り取られていた所である。レイの目の前のモニタに、”バックパック損傷”が表示された。これでマイン・ゴーシュの機動力が殺されたことになる。回避行動どころかあらゆる戦闘行為が不可能になったレイ機に、エネスは容赦なく攻撃を続け、レイ機の四肢を次々に攻撃した。
「レイ、機体の機動力を活かそうとしたのは誉めてやる。だが、それだけだ。」
エネスの言葉には、士官学校の教官のような厳しさがあった。
「チッ・・・厳しいな、エネス先生。ま、言い訳はナシにしとこうかね。」
「今回は訓練ではなく、あくまで機体のテストだ。貴様の腕は関係ない。」
その言葉にレイは憮然としたが、すぐに表情を元に戻した。よくよく考えれば、エネスが誉めるという単語を口にすること自体、初めてであった。それが聞けたということは、エネスなりに自分を評価してくれているのだろう。レイはそう納得するようにしていた。
「ほらほら、いつまでもレイをいびってるんじゃないの。模擬戦が終わったんだから、早く帰投の準備を進めなさい。ティルヴィングの出航まで時間がないのよ?これから搬入作業やら調整作業で忙しいんだから。」
通信に割って入ったのは、エリナだ。模擬戦の行われていた宙域の直下にあるデータ収集用の大型車両で、今までの戦闘データをモニタリングしていたのである。
「・・・だってさ。」
「・・・」
レイはクスリと笑って冷やかしたが、エネスの表情は相変わらず無愛粗なそれであった。
エネス達が戻ってきてからも、ティルヴィングのMSデッキ内はいまだ異様な熱気を帯びていた。エリナの言うとおり、実験機の搬入と『死装束』の再調整作業が、意外と手間のかかる作業だったからである。その甲斐あって、エリナやレイをはじめとするシステム関係に詳しいクルーとのディスカッションを通じて、よりエネスに適合したシステムの調整がなされた。ショール・ハーバインよりも死角の少ないエネスにあわせることで、システム内に存在する自動回避補助ルーチンはより”補助”としての色合いを強めた。
その調整作業を終わった3月4日の夕方、ロレンス大佐からログナーとエネスを呼び出す連絡が通達された。ログナーとエネスは、これが何を意図した呼び出しであるのかをよく知っていた。ロレンスはそのこと自体を知らない。クレイモア隊を欺いてきたロレンスが、別のところでクレイモア隊からの反撃を喰らっていたというのは、皮肉であったかも知れない。なにしろ、ログナー達でさえロレンスが自分たちを利用しようとしている事実を知らないし、自分たちが独自の活動を行おうとしている事実をロレンスは知らない。互いに知らず知らずのうちに騙しあっていたのである。
ロレンスの執務室を訪れた2人の前に現れたのは、互いのかつての部下であった。
「中佐、君の元部下が連邦軍としての庇護を受けたいのだそうだ。」
言い出して、ロレンスはクラック、フェリス、そしてモートンの方へと視線を向けた。ログナー達もそれにならう。直後、モートン達は敬礼した。
「色々大変だったそうじゃないか、モートン。無事で何よりだ。」
ログナーが敬礼を返して、簡潔に言った。
「まぁティターンズに入った、私自身の自業自得でしょう。まさかあんなに早く事が発覚するとは思いませんでしたが・・・どうやらバスクがクルーを脅して、私の言動を報告させていたそうですが・・・」
この言葉には、ログナーも合点がいった。懐柔して情報を聞き出すより、相手が逆らえないような状況に追い込むことがより事実に近づけるのだと言うことを、バスクは知っていたのである。そういう狡猾さは、ログナーは不本意ながら評価せざるを得ない。
「そのおかげで、今後の君らの存在が正当化できるんだ。ここはバスクに感謝すべきだな。」
ログナーは笑いながら、話を切った。続いてエネスが挨拶をした。
「中佐、しばらく見ないうちに少し痩せましたか?」
「そう見えるか?そうかも知れないな。お互い苦労が絶えなかったが、ようやく連邦の浄化へと踏み出せそうだ。結果が全て、努力は報われると信じたいな。」
エネスもモートンも、やはりどことなく嬉しそうだ。ただモートンにしてみれば、エネスを巻き込んで苦労を背負い込ませてしまい、申し訳なく思っている心境であった。クラックの方もエネスに会えたことが、嬉しそうだった。
「大尉、お元気そうで・・・」
「貴様が少佐を救い出すように行動したらしいな。ティターンズの言いなりになるような兵士になってないのを知って、嬉しかった。何かと行動に制限が付くかも知れないが、決して反連邦思想の持ち主ではないことは、オレ達が保証してやる。」
保証云々はともかく、クラックが自分で自分なりの正しい道を考え、行動したことを嬉しく思ったのは、エネスの本心である。”ひとりの人間として闘い、そして生きろ”エネスが教えたこの言葉を、この期待の若手はしっかり胸に刻みつけてくれていたのである。この男には、政治的な目標はないかも知れない。しかし主義や思想は政治的であれ個人の範囲であれ、人が生きていく道標であってレールではない。自分で納得のいく生をまっとうする為のモノであり、殉じて死ぬためのモノでもない。自分が正しいと思う行き方をするために戦おうとしているクラックを見て、エネスは本当に嬉しかった。
こうしてニルソン・ロレンス大佐の名をもって、ニューデリーの正規軍復帰の目途が立つことになった。先にこういう処置を執らねば、エネス辺りがクレイモア隊への編入を願い出るかも知れないと思ったからである。せっかくショール・ハーバインというエウーゴで最も危険な要素を持った人物がいなくなったというのに、これでは元の木阿弥も良いところだ。敵は身近に置け・・・それはロレンスのスタンスであるが、ニューデリーはロレンスの言う敵には該当しない。クレイモア隊とは違って、自分を害するだけの戦力がないからだ。
”ハッチ”の通称で知られるサイド2は、8年前の一年戦争の初期に、ジオン公国軍の毒ガスなどの無差別攻撃によってほぼ全滅したコロニーサイドのひとつである。戦後に連邦政府の掲げる”コロニー再生計画”によって復興が進んだが、8年という月日は戦争の傷を癒すには短すぎる期間であった。
復興の始まったサイド2へ移り住んできたのは、戦争に焼け出された難民や地球を追い出された不法居住者が多く含まれていたが、それでもスペースノイドという区切りに入ることに変わりはない。むしろ連邦の難民達に対する政策への反感の種として民意を利用できることから、こういったサイドには優先的にネオジオン軍の制圧部隊が派遣された。それがサイド1に派遣されたマシュマー・セロ率いるエンドラ隊であり、サイド2に派遣されたロフト・クローネ率いるシンドラ隊だ。両者共に、サイドの制圧の方法は同じである。まずは駐留している連邦の部隊を武力で排除して抵抗の意思をくじかせ、次はコロニー政庁の人間を金や地位で懐柔してサイドをネオジオンの支配下におく。これからスペースノイドを恒久的に維持していく事を前提とした戦略として、相手に反抗の意思を与えないように脅迫と懐柔のバランスを巧く取っていくのは、当然と言える。
先日クローネ自身が月で合流した非戦闘員から得られた情報が、ここで生きてくることになる。まずは連邦の駐留部隊の配備状況をおおまかにではあるが知ることができたし、民意の動向も把握できた。地球圏制圧作戦の土台を築きあげたのは、紛れもなくそれらの情報なのである。
作戦は第一段階を迎えていた。シンドラからはヴェキ・クリオネスのシュツルムディアスとクローネのガザDをはじめとして、合計5機で編成されたMS隊がサイド2の1バンチコロニーに向かって侵攻していた。コロニーサイドにはそれぞれ約40〜80基のコロニーが存在しているが、連邦の駐留部隊はサイド内の各地に散らばって配置されている。ひとつひとつは各個撃破の絶好の対象であったが、いかんせん数は多かった。
クローネに言わせれば、このような数にモノを言わせた配置は美しくない上に、無駄も多い。自分ならコロニー5〜10基ごとにゾーン分けをして、そのゾーンごとに駐留部隊を配置する。それによって形成された点の集まりを、哨戒網をまるで鉄道の環状線のように時計回り、反時計回りに1部隊ずつ巡回させて線にする。これなら指揮系統の分散をできるだけ最小限に抑えることもできるし、費やす戦力も最小限で済む。それに、不用意な駐留部隊の分散をしていれば、辺境に至れば至るほどに部隊個々の中での風紀も保てない。それはクローネにとっては重大なことであった。
だがクローネには、今更になって連邦軍の浪費癖を指摘している余裕はなかった。ひとつひとつの戦闘を能率よく消化し、一刻も早いサイドの機動戦力を無力化させなければならない。1バンチコロニーにはコロニーサイドを統括する行政機関の本部が設営されており、まずはそこにいる行政の人間の目の前で戦果をひけらかすことが最初の戦闘の目的である。
「ヴェキ、お前は単機で外から回れ。本当ならオレ達だけでジムIIを叩きたいが、できるだけ疲れを残したくない。速攻で決める!」
「了解だ、お前も気をつけろよ。」
クローネが接触回線でヴェキに呼びかけ、麾下のガザC3機を連れて前進していった。ヴェキのシュツルムディアスはその右方向から迂回するルートを通って、出撃してきたジムIIの部隊の後ろに回り込もうとする動きを見せた。ヴェキのようなタイプはこういった特殊なポジションに置くことで威力を発揮すると、クローネは思っている。
クローネ達から離れたヴェキは、そのまま敵に捕捉されにくい距離を保ちながらも、着々と敵部隊に接近していた。左後方では、既に戦闘らしきビームの花火が上がり始めていた。
「そろそろか・・・いくぞ!」
ヴェキは久しぶりの実戦の緊張感を、楽しんでいた。赤くカラーリングされた愛機を、ジムII4機で構成された部隊の向かって右後方から突進させた。ビームピストルを引き抜かせて、左手にはビームサーベルを持たせてある。いつもの攻撃パターンだ。
「・・・・・」
射撃を開始した。距離を保ちながら射撃戦を繰り広げているジムII隊とガザ隊の間を縫うように、2発、3発とビームが通過していく。言うまでもなく、これは牽制である。突然の後方からの攻撃に混乱したジムII隊の1機が、ヴェキ機に向き直って射撃を開始してきた。それを右方向への錐揉み回転による運動で回避する。回避運動中も前進をやめず、常に反撃の体勢を整えることのできる独特の回避運動だ。
「悪いがッ!」
ヴェキはビームサーベルの一撃を加え、ジムを両断した。
「見事なもんだな・・・引き入れて正解だったか。」
クローネは簡単の吐息を漏らしながらも陣形が乱れた隙を見逃さず、他の僚機に攻撃命令を出した。
サイド2での最初の戦闘の幕が下りたのは、それからわずか30秒後だった。いくらなんでもこのまま他のコロニーまでMSで飛行するわけにもいかず、クローネ達は一旦シンドラに帰艦した。
「どうやら実戦の感覚が戻ってきたみたいだな。」
クローネが機体のコックピットから降りて、ヴェキの前に立った。ヴェキはヘルメットを脱いで、結わえてあった髪をほどいた。頭部の手術のため髪を切ったのでやや寂寥感を覚えたが、それもしょうがないことだとヴェキは諦めている。まだ額から後ろにかけて巻かれている包帯が痛々しい。
「あぁ、そうだな。まだ痛むけど、死ぬようなケガでもないし・・・ツッ・・・」
クローネが凝視して初めて判ったが、包帯に少し血がにじんでいるようだった。今回の戦闘で傷が開いたんだろう。
「後は任せて、お前は寝ていろ。今からサイド2に降伏を呼びかけてみる。勿論、金の準備もしなくちゃならないだろう。半日は稼げるはずだ。その間に傷をできるだけ治しておけ。」
「そうさせてもらうさ・・・そういえば、ネリナは?」
「今はお前の機体を見ている。後でいかせるよ。」
「頼む・・・じゃぁ。」
ヴェキはフラフラとした足取りで床を蹴り、無重力の中で身体を流してデッキを去った。ネリナがヴェキの前に現れたのは、医務室で包帯を交換してもらっている間だった。ヴェキの機体の損傷は0に近く、補給だけで次の戦闘に臨めば良さそうだった。だからネリナの仕事は、ヴェキの相手をすることだけになった。ヴェキは妻の姿を見つけて、元気そうに右手を挙げた。
「よう・・・整備は終わりか?」
「ええ、ヴェキの機体が損傷しているのを見たことがないしね。」
「いつだったか・・・そうだ・・・士官学校時代にも、頭を一度ケガをしたよな・・・」
それは言葉の成り行きから無意識のうちに出てきた、ヴェキの記憶の断片であった。ネリナは、ヴェキが本当の記憶の一部が蘇ったのかと思って、一瞬ドキリとした。それが嬉しいのかどうか、自分でも判らない。
「え、ええ、そうだったわね。あのときはすぐに治ったから・・・」
ネリナは突然の事に内心焦りながらも、言葉を適当に濁した。
(ネリナ・クリオネス・・・士官学校時代の同期生・・・いや、後輩だったか?ケガを治してくれたのは・・・誰だ?)
ヴェキの記憶は混濁としていた。
第11章 完 TOP